令和5(2023)年5月11日、ローランドはRoland AIRA Compact S-1を発表しました。
既に取扱説明書が公開されています。
AIRA Compactシリーズは、同社Boutiqueシリーズよりもさらに小型で安価な電子楽器群です。既にリズム・ベースマシンT-8、コードワークシンセJ-6、人声エフェクターE-4が発売されています。
AIRA Compactは、小さくて愛嬌があってカラフルな姿、そして安価なのですが、操作子等奏者やマニピュレータとの接点の部分はしっかりしていて、楽器メーカーとしての矜持を感じます。
S-1はACB(Analog Circuit Behavior)によってアナログモノフォニックシンセ
Roland SH-101をアナログモデリング化したシンセサイザーエンジンと、パターンシーケンサー、アルペジエータ、内蔵エフェクター(ディレイ、リバーブ、コーラス)等から構成されています。
S-1はSH-101と異なりプログラマブル(音色を記憶できる)であり、4声ポリフォニックシンセです。
音色はステップシーケンサーのデータとセットになったパターンという単位で記憶されます。あらかじめメーカープリセット16、そしてユーザーパターンが48なのですが、メーカープリセットはユーザーが書き換える事ができるので、ユーザーパターンは計64ということになります。
SH-101由来のシンセサイザーエンジン部分について触れていきたいと思います。
LFOはレイトと波形だけでディレイタイム/フェイドタイムが無いことはSH-101と同じなのですが、波形に関して三角波、矩形波、ランダム、ノイズに加えて、正逆の鋸歯状波があります。ビブラートやグロウル効果の深度の設定値にマイナス値が無いので鋸歯状波が正逆あるのはありがたいことです。
LFOのレイトには通常よりも極端に速くするモードがあります。変調に金属風味やノイズ感を加えることができると思います。
SH-101の内蔵デジタルシーケンサーのテンポはLFOのレイトと共用でしたが、ありがたいことにS-1は別です。また、SH-101のように同期させることもできます。
オシレータは鋸歯状波、矩形波を含む非対称矩形波(パルス波)、サブオシレータ(1オクターブ下の矩形波、2オクターブ下のパルス波、2オクターブ下の矩形波)、ノイズジェネレータの混ぜ具合を設定できるソースミキサーになっています。
パルス波は、パルスウィズを設定できることと、マニュアルに加え、LFO、ENVをソースに充てられるパルスウィズモジュレーション(PWM)、さらにオシレータ波形を描くOSC DRAWという機能があります。OSC DRAWはBoutique SH-01Aには無い機能です。
パルスウィズのデューティー比はシフトキー+PWM DEPTHボタンで呼び出しテンポ/バリューつまみで設定します。そしてPWMのソースはシフトキー+PWM SRCボタンで呼び出しENV/マニュアル/LFOのどれかをテンポ/バリューつまみで選択します。
SH-101の場合、ノイズジェネレータはホワイトノイズだけだったのですが、S-1はピンクノイズも選ぶ事ができます。
フィルターはSH-101のVCFと同じパラメーター構成で、ENVの効果の深度をリバース曲線にすることはできません。またキーボードフォローは右肩上がりの傾斜のみで、フィルターを自己発振させた場合、最大値で平均率、つまりドレミ…になります。
アンプもSH-101のVCAと同じです。ENVはフィルターと共用です。
S-1は4声ポリフォニックシンセですが、モノフォニックモード時、ここでトリガーをシングル(ゲート)にするかマルチ(ゲート+トリガー)にするかを選択します。
ポルタメントはSH-101同様オン/オフやタイムだけでなく、レガートの時のみかかるオートもあります。また私にとって大変ありがたいことなのですが、ポルタメントのカーブは非リニア変化です。やっとデジタルシンセでのこの機能を手にする事ができました。
SH-101のポルタメントタイムは専用の操作子があり、最小値0は時計の短針でいえば7時、最大値は5時と分かるのですが、S-1は各種共用のテンポ/バリューつまみを使うので、最小値0から最大値255までにテンポ/バリューつまみを何回転もさせる事になります。ポルタメントの演奏中のリアルタイム操作子として使うのは難しいかもしれません。ただし、ポルタメントタイムの設定値をより微細に決めたい場合、SH-101よりもむしろS-1の形の方が優れていると思います。私にとってはS-1の方に分ありです。
SH-101同様、S-1もフィルターの自己発振にポルタメントをかける事ができます。
アルペジエータに関して、SH-101の場合、1オクターブのみなのとランダムモードが無かったのですが、S-1はアップ、ダウン、アップ/ダウン(おそらくドレミミレドドレミミレド…ではなくドレミレドレミレ…と発声する)に加え、ランダム、そしてこれらの2オクターブモードがあります。
アルペジエータに関してランダムモードがあるということは、喜多郎さんがRoland JUPITER-4や公演によってはSYSTEM-100M + ポリフォニックキーボード184のアルペジエータで出している
フライングジュピターが可能です。ローランドさんはこんな素晴らしいアルペジエータを、既に昭和53(1978)年発売のシンセサイザーに載せていました。
S-1には筐体を傾けて音色をコントロールするD-MOTION(ディーモーション)という機能があります。今年2月に発表されたデスクトップ型シンセサイザーSH-4dで初お目見えしたコントローラーなのですが、登録したパラメーターの設定値を筐体が左右前後に傾けられた時に動かす仕組みです。SH-4d、S-1にはローランドの伝統的なベンダーレバーのようなコントローラーはありませんが、これを使って音色を様々にマニュアル変化させる事ができます。
S-1には音声入力MIX IN L/Rがあるのですが、取扱説明書のシグナルフロー図によると、外部入力音声にS1のシンセサイザーエンジンによる変調や内蔵エフェクター(コーラス/ディレイ/リバーブ)をかけられるわけではなく、すぐにMIX OUT L/Rへ行っています。
Roland AIRA Compact S-1のウェブサイトや取扱説明書を読んでいて、この小さな筐体の、そして安価なデスクトップシンセが、シンセSH-101、JUPITER-4/SYSTEM-100M用ポリフォニックキーボード184のアルペジエータ、そしてデジタルシーケンサーCSQ(64ステップなのでCSQ-600/CSQ-100ならぬCSQ-64というべきか)が詰め込まれたような仕様であることに驚きと感謝をせざるをえません。
S-1はポルタメントのカーブが非リニア変化のデジタルシンセ(ソフトシンセを除く)の歴史上最も安価なモデルであると思われます。LFO波形にノイズがあること、PWMのソースにENVもあること、アルペジエータにランダムがあることと併せて、私の中のS-1への評価を決定的なものにしました。
Roland AIRA Compact S-1、令和5年5月26日発売、税込価格¥21,890。
Roland AIRA Compact S-1