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「宇宙戦艦ヤマト2199 第一章 遥かなる旅立ち」を観ました

 4月7日から20日まで公開されている、「宇宙戦艦ヤマト2199 第一章 遥かなる旅立ち」を観ました。

 本来テレビ放映用に制作されているシリーズ第1話「イスカンダルの使者」と第2話「我が赴くは星の海原」を1本にしたもので、戦艦大和が宇宙戦艦ヤマトとして復活するまでを描いています。

 自前のテレビを持っていない事やDVD再生手段がノートパソコンしか無い事、そして「宇宙戦艦ヤマト復活篇ディレクターズカット」の形の最後に、

一人ではなく、言葉を交わす事の無い大勢の人々と一緒にスクリーンを見つめる形で、これからの「宇宙戦艦ヤマト」を観る事ができたらと思います。

と書いたとおり、1本の映画として完結した形でなくともスクリーンで観たいという思いから、映画館に行きました。劇場で1回観ただけなので、事実誤認の部分もあるかとは思うのですが、雑感を記したいと思います。

 登場人物は旧作の雰囲気を残しつつも、物語上の位置付けや性格の違いを加味する形で新たにデザインされています。旧作は放映回毎にタッチがバラバラだったり明らかにミスがあったりしたものですが、流石に今作ではそれは無さそうです。

 イスカンダル人の姉妹があまりにも肉感的で、イスカンダルという屋号の、スターシアというママがいるお店なのかと思いたくなるようなデザインでした。悪乗り気味な感じがしなくもないのですが、それでもここは旧作を凌駕した設定だと思います。

 沖田艦長等、軍人達の敬礼の仕方は、脇を閉める形で行うという、旧海軍の作法が用いられています。週刊文春で連載されている阿川佐和子さんの対談記事で読んだのですが、艦内は狭いのでこうするのだそうです。阿川さんの父、阿川弘之さんは旧海軍軍人でした。

 メカも旧作のフォルムが踏襲されつつ、CGならではの描き込みの緻密さが活きています。一からデザインを起こしたのは戦闘機コスモファルコンぐらいだと思うのですが、これも主翼基部の火器等、ブラックタイガーの面影を継承しています。

 たしか10年近く前、ゆきかぜやガミラス艦の食玩フィギュアを手にした時も思ったのですが、今回CGで観てみて、旧作のメカデザインが単なる面ではなく、きっちりと立体的に考えられていたという事に驚かされます。同じ時期の「マジンガーZ」「ゲッターロボ」といったロボット物は、その辺りを「宇宙戦艦ヤマト」ほどにはシビアには考えていなかったのではないでしょうか。

 「宇宙戦艦ヤマト2199 第一章 遥かなる旅立ち」は、旧地球艦や後にヤマトに叩きのめされまくるやられキャラともいうべきガミラス艦群が、ともに最も見せ場を与えられた作品だと思います。私は子供の頃からこれらのメカがシリーズを通して最も好きです。第1作の冥王星空域の戦いは、姿も音もそれまでの常識とは全く違う(空想上の)宇宙船が私の前に現れた瞬間でした。

 今回の冥王星の会戦には、艦首の光る目がトレードマークのガミラス艦の全てのパターン(一般的な二つ目、四つ目、目が細いもの)が登場するのですが、戦闘が始まると目の輝度が増すという演出があります。ガミラスのプロダクトデザインは建物から杯に至るまで生物的なフォルムを持っているのですが、この演出は何だかガミラス艦自体が意志を示しているかの様に思えました。

 メカ達はCGで描かれているが故に、様々な角度で画面に登場します。私は「宇宙戦艦ヤマト復活篇」の形で、

これまで宇宙戦艦ヤマトの姿は、波動砲の砲門とバルバスバウ(球状艦首)に目線を置いてデフォルメしたアングルが多く(略)私は子供の頃からこの構図が好きではありませんでした。小学生の頃、作ったプラモデルを様々にかざしながら、動くヤマトをこんな角度から観てみたいなと夢想したものです。

としたのですが、CGで描かれたメカはその点、文字通り縦横無尽の感があります。今回メカの場面を描いたスタッフが、冥王星の反射衛星砲や七色星団のドメル艦隊をどう表現するのか楽しみです。

 メカ群はいずれもセル画の風合いを継承していて、一つの画面にあって手描きのアニメーションの人物との違和感を感じないものでした。私が小学生の頃「恐竜探検隊ボーンフリー」という、人物はアニメーションで風景や登場する恐竜達は模型や着ぐるみという作品がありました。子供心に画面に違和感を感じたものですが、先の「宇宙戦艦ヤマト復活篇」を含む今の作品に、時に「ボーンフリー」に通ずる違和感を感じる事があります。

 ちなみに劇中、私が手にした食玩フィギュアのゆきかぜと似たものが登場します。古代進の私室の卓上、戦死した兄、守の遺影のそばに置かれていました。台座の形状やブルースハープとの大きさの関係から、あるいは私が手にしたのと同じ物かもしれません。

 音楽は宮川泰(みやがわ・ひろし)さんの息子、宮川彬良(みやがわ・あきら)さん。基本的には「宇宙戦艦ヤマト」第1作のBGMが踏襲されていて、編曲の大幅な改変は少なかったと思います。戦艦大和の表皮が崩れて宇宙戦艦ヤマトが出現する場面のBGM「地球を飛び立つヤマト」は、たしかその後の交響曲化のおりに採られる事は無く、今回はじめてステレオ音場で聴く事ができました。

 私は作品を重ねる毎に一大シンフォニーと化していくヤマトのBGMよりも、第1作のジャズやロックバンド、小編成のオーケストラの時の編曲演奏が好きなのですが、宮川彬良さんは「宇宙戦艦ヤマト2199」でそれを崩さないとお考えなのかもしれません。

「宇宙戦艦ヤマト2199」での「デスラー登場」「探索艇」(ハモンドオルガンがロックしています)「ワープ」といった、即興の要素が濃かったり不思議な構成の曲がどうなるのか楽しみです。

 効果音は旧作の柏原満さんの音源と今のスタッフによるものとが併用されています。柏原さんの音は「宇宙戦艦ヤマト復活篇」の音等で何度も触れてきたので今のスタッフの音について二つ書きます。

 冒頭の地球艦のビームをガミラス艦が跳ね返す音、旧作は弦かしなる棒を振るような趣きだったのですが、「宇宙戦艦ヤマト2199」はポールを叩くような音、ちょうどKORG M1等コルグのワークステーション機のプリセット音、Poleに似ています。あるいは本当にPoleそのものだったのかもしれません。

 ちなみに旧作の本放映でこの場面を見た時、当時小学1年生だった私は思わず「きかへん」とつぶやいたことをよくおぼえています。

 また、降下して来るガミラスのヒトデ型高速空母の艦底部に、戦艦大和に偽装されたヤマトの主砲が命中して弾孔が空く音、たしか中身が入っていないビール瓶をコンクリートかアスファルトの上に置く音に似ている気がしたのですが、妙な生々しさがありました。

 物語や設定の齟齬は「宇宙戦艦ヤマト」シリーズの名物みたいなものですが、「宇宙戦艦ヤマト2199」は、あるいはそれらを探すのが難しい初めての「宇宙戦艦ヤマト」になるような気がします。

 「宇宙戦艦ヤマト2199 第一章 遥かなる旅立ち」はテレビ2本分ですが、既に伏線がいくつか引かれています。

 例えば、森雪がイスカンダルのスターシア/サーシア姉妹に似ているというエピソードは旧作から引き継いだ設定ですが、今作ではそれが単なる偶然ではない可能性があります。

 また「宇宙戦艦ヤマト」第1作から復活篇に至るまで、敵側の職務怠慢や関係者の不和は、しばしばヤマトを勝利に導いて来たのですが、今回もヤマトが戦艦大和の姿で放った主砲の一撃によるヒトデ型高速空母の敗報を、ガミラス軍の冥王星基地は上へ報告せず、現場で処理する事を決定してしまいます。

 軍政国家であるにも関わらず、圧倒的に有利な形で戦争を進めて来たガミラスは、ある意味、どこかの国に通ずる平和ボケが蔓延していて、機構が弛緩、あるいは逆に硬直化しているのかもしれません。ヒトデ型空母とその艦載機隊は、地球の武器が自分たちには通用しないとたかをくくっていて回避行動すらとらず、コスモファルコンとヤマトに瞬殺されます。

 若くクレバーな、しかしこの先何をするか分からない独裁者と、弛緩してフレキシビリティに欠き、それ故に今、その独裁者の号令に戦々恐々とする機構…、ガミラス星によく似た自治体がありますねぇ。私は今、その町でこの文章を打っているのですけど。

 それにしても22世紀末の佐渡酒造先生が、「カストリ」という言葉を使った事に驚きました。私はたしか、水上勉の小説「飢餓海峡」の終戦後の混沌が続く池袋ジャングル、今でいう池袋駅西口の場面の描写で知った言葉です。物資が欠乏すると人間のやる事は同じだという意味で、制作者は佐渡先生にこの言葉を言わせたのかもしれません。

 劇中、冥王星のシュルツとガンツによるガミラス語の台詞があるのですが、「ツバクカンサルマ(逆さまから読むと…)」などという簡単なものではなく本格的な会話でした。耳をそばだてたのですが「ツバク…」のような回文ではなさそうでした。ただ、超大型ミサイルの発射時のカウントダウン、「ゼロ」の語だけは同じく「ゼロ」だったようです。

 私は「宇宙戦艦ヤマト復活篇」の形で、第1作と同時期に流行ったアメリカ・ヒューストンから来たゲイラカイトが、時々思い出されたように空に揚げられる事になぞらえて、これからも「宇宙戦艦ヤマト」は作られていくだろうとしたのですが、それは当分続くようです。

 「第二章 太陽圏の死闘」「第三章 果てしなき航海」「第四章 銀河辺境の攻防」「第五章 望郷の銀河間空間」「第六章 到達!大マゼラン」「第七章 そして艦は行く」に続きます。


「宇宙戦艦ヤマト2199」
 http://yamato2199.net/


平成24(2012)年4月13日追記。

 本文中、

沖田艦長等、軍人達の敬礼の仕方は、脇を閉める形で行うという、旧海軍の作法が用いられています。

としたのですが、これは現在の海上自衛隊にも継承されているそうです。複数筋からご教示いただきました。ありがとうございました。

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by manewyemong | 2012-04-09 12:36 | 漫画映画 | Comments(0)

「あのシンセサイザー奏者が出しているあのシンセサイザー音はあのシンセサイザーで出してんのか!いっちょあのシンセサイザー買いにいくか!」よりも、「価値あるものを買うのではなく自分で価値を作れる人間は強い」(岡崎武志「女子の古本屋」より)でありたいと思います。


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