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特別展「信貴山縁起絵巻 朝護孫子寺と毘沙門天王信仰の至宝」を観ました

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 平成28(2016)年4月9日から5月22日まで奈良国立博物館で催されている、特別展「信貴山縁起絵巻 朝護孫子寺と毘沙門天王信仰の至宝」を観てきました。

 私にとって絵巻というテーマの特別展は、平成18(2006)年4月24日から6月4日まで京都国立博物館で催された「大絵巻展」以来です。

 「信貴山縁起絵巻(しぎさんえんぎえまき)」は、平安時代中期、信貴山に修行した命蓮(みょうれん)という僧の、仏教説話というよりは多分に神仙譚のような伝説的なエピソードを絵巻に描いたものです。

 「信貴山縁起絵巻」は、平安時代後期に成立し、永く信貴山の朝護孫子寺(ちょうごそんしじ)に伝わり、現在は奈良国立博物館に寄託されています。

 私と「信貴山縁起絵巻」の出会いは、私が小学校へ入学したおり、親からプレゼントされた学習百科大事典(学研)第1巻「日本の歴史」の、奈良~平安時代の記述の中に使われた数点の資料画像でした。「尼公巻」の大仏殿の場面等がありました。

 また、それより後、澁澤龍彦(しぶさわ・たつひこ)の「東西不思議物語」(河出文庫)19章「リモコンの鉢のこと」で、「山崎長者巻」の、空を飛び、物を運ぶ鉢の話を知りました。

 その後、中学校の図書室の美術関係の蔵書の中に、「信貴山縁起絵巻」に関するものを見つけました。

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 「信貴山縁起絵巻」は、「山崎長者巻」「延喜加持巻」「尼公巻」の3巻から成っています。今回の特別展では、この3巻を期間中入れ替えなく同時に観る事ができます。

 「山崎長者巻(やまざきちょうじゃのまき)」は、「飛倉巻(とびくらのまき)」とも呼ばれ、信貴山から飛来する托鉢鉢へのお布施を長者が渋ったところ、鉢が長者の蔵ごと運び去ってしまい、長者達が命蓮の元へ行き、蔵の返還を要求すると、今度は蔵の中の米俵群が長者の家へ飛び帰る、という顛末を描いています。澁澤龍彦の「リモコンの鉢のこと」はこれです。

 ちなみに山崎とは、後世、羽柴秀吉と明智光秀が合戦した場所。山崎から信貴山までは直線で約34kmあります。

 空飛ぶ鉢が倉を運び去る、あるいは米俵群が飛来する光景に慌てふためく人々の表情が、どこか面白おかしく、そして、いきいきと表現されています。

 昭和56(1981)年夏に公開されたアニメーション映画「さよなら銀河鉄道999 アンドロメダ終着駅」終盤、主人公によって救出された“生身の人間”達を乗せて発車した999号が、追って来た戦闘衛星によって最後尾から1両づつ客車が撃ち落とされていく場面、前の車両へと退避していく生身の人間達の描写が、この「山崎長者巻」の人々の動きや表情にそっくりです。ほんの一瞬のカットだったのですが、スクリーンを見ながら思わず「これ飛倉巻や」とつぶやいたのを憶えています。

 このカットを含め、この一連の場面を描いたアニメーター金田伊功(かなだ・よしのり)さんの作風に浮世絵等日本画との類似を指摘する、村上隆(むらかみ・たかし)さんのような人達がいる事を、インターネットを使い始めて知りました。絵巻と似ていると感じた私の感性も、それなりに先見の明はあったという事でしょうか。

 「延喜加持巻(えんぎかじのまき)」は、醍醐天皇(延喜帝:えんぎのみかど)が病を得たおり、信貴山へ勅使が派され、命蓮自らは信貴山から出ずに加持祈祷し、帝の病気平癒時に剣の護法が姿を表し、それを嘉(よみ)すため再派された勅使に、命蓮は何も望まない旨を奉る、という顛末を描いています。

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 あまりにも有名な剣の護法のフライトシーンや、剣の護法が空から御所敷地内へ降下して一瞬だけ醍醐天皇の前に姿を見せる場面も素晴らしいのですが、私は「延喜加持巻」において描かれている洛中の人々や牛馬が好きです。

 袈裟を着た高僧達が宮中の門に入っていく場面、僧達の後ろに従う者の中に、後ろを振り返っている長髪を束ねた髭面の男がいます。なんだか20余年前に凶悪な事件を起こした某カルト教団の教祖に似ています。さらにその後ろからついてくる格子縞の衣の少年の容貌、まるで昭和のアニメの脇役みたいです。私が初めて「信貴山縁起絵巻」を観て以来、気に入っている登場人物の一人です。

 醍醐天皇快癒を嘉す勅使が命蓮の庵で会談している場面、庭で控えている従者の中に、爪先立って中の様子をうかがおうとしている者がいます。この男も私が気にっている登場人物の一人です。

 登場人物各々のポーズに、何かしらのストーリーが込められている気がします。「信貴山縁起絵巻」の魅力の一つは、貴賎問わず全てのキャラクター達に対する、描き手の優しい目線が感じられる事だと思います。

 「尼公巻(あまぎみのまき)」は、幼少時に東大寺授戒の為に故郷信濃を出て、そのまま消息を絶った命蓮を探しに、姉の尼公が信濃から大和まで旅して、東大寺大仏殿の毘盧遮那仏のお告げで信貴山中に命蓮を探し当て、共に暮らすという顛末を描いています。

 深い山道から人里に下り、民家の縁側で尼公がブーツのような履物を脱いでいる場面、馬の背から直接縁側へ降りた事を示しています。また、尼公を乗せてきた馬が、鞍を外されるのを嬉々として待っている表情が、何だか現代の漫画やアニメに見えてしまいます。

 この後、尼公がこことは別の民家の土間で休む場面、土間奥に猫が描かれているのですが、この猫、本邦初の、絵に描かれた猫なのだそうです。

 旅が進むにつれ、馬、二人の従者が絵巻に登場しなくなり、尼公の旅装も軽くなっていきます。あからさまな表現ではないものの、この旅が辛苦に満ちたものである事をうかがい知る事ができます。場面毎の登場人物たちの表情がいずれも明るい故に、かえってその事が胸に迫ってきます。描き手が登場人物達を愛しているのは間違い無いと思います。

 大仏殿での毘盧遮那仏のお告げに従い、霞の中を時に立ち止まりながら杖をついて一人歩む小さな尼公、やがて行く手に見えてきた信貴山…絵巻の内容同様、絵巻の描き手も己が仕事のエピローグが近づいている事を意識したかもしれません。

 信貴山へたどり着いた尼公が、命蓮と再会し、それを喜び、共に修行し、暮らしていくという顛末が、所謂異時同図で表現されています。異時同図(いじどうず)とは、その場面での異なった時間に起きた事柄を1カットの中に描きこむ表現方法です。この「尼公巻」において、大仏殿の場面でも採られています。そちらの方が有名だと思います。

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 特別展「信貴山縁起絵巻 朝護孫子寺と毘沙門天王信仰の至宝」は、「信貴山縁起絵巻」 の他に、「粉河寺縁起(こかわでらえんぎ)」や奈良国立博物館所蔵の「地獄草紙」等の絵巻、毘沙門天信仰、朝護孫子寺と縁の深い聖徳太子や後世の武家に関するもの等が展示されています。

 これらを含めて、この特別展「信貴山縁起絵巻 朝護孫子寺と毘沙門天王信仰の至宝」そのものが、10年前の「大絵巻展」同様、まるで一巻の長大な絵巻を観ているような感覚にとらわれました。

 特別展「信貴山縁起絵巻 朝護孫子寺と毘沙門天王信仰の至宝」の会期は、5月22日まで。私は「躍動する絵に舌を巻く 信貴山縁起絵巻」(泉武夫著、小学館刊)を持っているので、図録を諦めたのですが、何だか欲しくなってきました。会期中にもう一度この特別展を参観し、図録も買おうかと思っています。また信貴山朝護孫子寺もお詣りできればと思っています。


特別展「信貴山縁起絵巻 朝護孫子寺と毘沙門天王信仰の至宝」
http://www.narahaku.go.jp/exhibition/2016toku/shigisan/shigisan_index.html

「躍動する絵に舌を巻く 信貴山縁起絵巻」(泉武夫著、小学館刊)
http://www.shogakukan.co.jp/books/09607020

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by manewyemong | 2016-04-24 11:21 | | Comments(0)

「あのシンセサイザー奏者が出しているあのシンセサイザー音はあのシンセサイザーで出してんのか!いっちょあのシンセサイザー買いにいくか!」よりも、「価値あるものを買うのではなく自分で価値を作れる人間は強い」(岡崎武志「女子の古本屋」より)でありたいと思います。


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