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アルバム「遠野」

 柳田国男の「遠野物語」は、明治43(1910)年に発表されました。明治30年代後期から明治末にかけての日本は、日露戦争の戦捷(せんしょう)、領土拡張による国威の高揚と、伊藤博文の暗殺、幸徳秋水の大逆事件、ハレー彗星の接近による流言飛語、洪水や海難事故といった、躁病と鬱病がないまぜになって発症したような時代でした。

 柳田国男はそんな時代の中にあって、自分達が辿ってきた明治維新以後の文明開化、富国強兵といった欧化政策に疑問を持ったと思われます。そんなおり、佐々木喜善の語る遠野の伝説や昔話に出会って、自分達が失いつつあるものをそこに見たのでしょう。そして、その失いつつあるものに時代の停滞感を打破するヒントを見たのかもしれません。「遠野物語」初版序文の中の有名な一節、
願はくはこれを語りて平地人を戦慄せしめよ
にその思いが込められているような気がします。

 それから70余年後、日本は、エズラ・ヴォーゲルの「Japan as No.1」がベストセラーになって、国民の間に妙な大国意識が芽生えつつありました。1億円を落とした人が名乗り出ず、拾った人が有名人になってレコードを出しました。漫才がブームになり、日本中が笑う事を義務付けられたかのような空気が漂っていました。

 その一方、川俣軍司の通り魔事件、日航機K機長による逆噴射墜落事件、オランダ人女性を食べた佐川クンや新宿バス放火事件、女子銀行員によるコンピュータのオンラインを悪用した横領事件といった、挙げるだけでも枚挙にいとまがないほど社会を震撼させた事件がありました。やはり躁病と鬱病を併発しているとしか思えない、時代の空気が漂っていました。

 姫神せんせいしょんがアルバム「遠野」を出した昭和57(1982)年2月はそんな時代の中にありました。柳田国男が「遠野物語」を出した頃と似ていなくもありません。柳田国男も姫神せんせいしょんも、日本人が喪失しつつある、五感では知覚できない物事に対する“畏怖”“畏敬の念”が鍵になると考えたのではないでしょうか。

 それに加えてアルバム「遠野」は、ヤマト朝廷の支配を受ける以前のフォッサマグナ以東を支配した蝦夷(えみし)の歴史や習俗の痕跡として、遠野の伝説や昔話を見ようという姿勢が感じられます。

 この分野の研究が始まったのは、皇国史観を廃した戦後からです。資料が残っていない事に加え、誤解を恐れずに言わせてもらえば、時に狭量な地域ナショナリズムが邪魔をして研究がはかどっていない、というのが実情ではないでしょうか。「東日流外三郡誌(つがるそとさんぐんし)」が、偽書・贋作であったという顛末はその例証です。

 歴史に対する思い入れや執着心を屈折した形でグロテスクに肥大化させると本当にロクな結果を招かないなと、特定アジアの妄言や見え透いた捏造の数々(本当に数限りなくあります)を知らされる度に思います。

 音楽に関しても、聴き手の思い入れ思いの丈のみをくどくど見せられ聞かされる機会がよくありますが、結局伝わってくるのはその発信者がいかにバカであるかだけです。

 蝦夷に関する物証が乏しい以上、伝記や評伝を作る事は不可能です。しかし、姫神せんせいしょんは、遠野の伝説や昔話から蝦夷の面影を類推しようとしたと思います。アルバム「遠野」が単におとぎ話や怪異潭の楽曲化にとどまっていない、底知れない深味を感じさせてくれるのは、制作意図の根本に蝦夷の影を置いたからでしょう。アルバム「遠野」全体に、通奏低音のように蝦夷を感じます。

 リットーミュージック社の月刊誌サウンド&レコーディングマガジン創刊2号によると、このアルバムは昭和56(1981)年10月から11月にかけて、岩手県八幡平のバンガロー、プータロムラで合宿形式で制作されました。プータロウムラのリビングにシンセや録音機材を置き、小さな一室をドラムセットやパーカッション類の録音ブースに使ったそうです。姫神せんせいしょんのドラム/パーカッション奏者、佐藤将展(さとう・しょうてん)さんがレコーディングエンジニアも兼務しました。

 使用機材は、シンセサイザー/キーボードに関して、姫神せんせいしょんが自前で用意したのが、KORG PE-1000、Roland SH-1000、JUPITER-4。レンタルがKORG PS-3200、MS-20、CX-3(コンボオルガン)、DELTA、Roland SYSTEM-100M、VP-330(ボコーダー)。デジタルシーケンサー及びリズムマシンはRoland CSQ-600、TR-808。

 収録されている曲は「春風祭-遠野物語への旅-」「水光る」「峠」「サムト」(ロシア音楽、ジャズとの類似点1参照)「早池峰」「綾織」「河童淵」「赤い櫛」「水車まわれ」です。


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by manewyemong | 2006-01-20 09:28 | 音楽 | Comments(0)

「あのシンセサイザー奏者が出しているあのシンセサイザー音はあのシンセサイザーで出してんのか!いっちょあのシンセサイザー買いにいくか!」よりも、「価値あるものを買うのではなく自分で価値を作れる人間は強い」(岡崎武志「女子の古本屋」より)でありたいと思います。


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