人気ブログランキング | 話題のタグを見る

笛、さまざま(2)

 笛、さまざま(1)では姫神の笛の独奏音について記述したのですが、今回はアンサンブル感のある笛について述べたいと思います。

 「舞鳥」「月のほのほ」「鳥のごとく」「遠い日、風はあおあお」「桐の花むらさきに燃え」「青天」「光の日々」「まほろば」「砂の鏡」「綿津見に寄せて」「夕凪の譜」…。今思いつくまま挙げたこれらの曲中で、笛1本を「ポー…」と鳴らしたのとも、複数本の笛を同時に鳴らしたのとも違う、しかし、アンサンブル感のある笛の音が聴こえます。この音を担ったのが、アナログプログラマブルポリフォニックシンセサイザーKORG Polysixです。

笛、さまざま(2)_a0060052_10291138.jpg
 
 KORG Polysixは昭和56(1981)年に発売され、ベストセラーになりました。メーカー希望価格は24万8千円。それまで高価だったプログラマブル(作った音を記憶させる)シンセを、一気にアマチュアに近付けてくれました。他社の高級機以上に音に広がりがあり、それでいて機能はシンプルなので、入門機としても適していました。

 24万円前後でプログラマブル61鍵という構成は、その後、Roland JUNO-60、そしてあのYAMAHA DX7へと続きます。近年まで61鍵タイプのシンセの各メーカーのフラグシップ機はだいたいこの価格帯だったのですが、その伝統?を作ったのはKORG Polysixです。昭和56年当時中学2年生だった私も、よく楽器店でさわったものです。

 姫神・星吉昭さんはこのPolysixをたいそう気に入られたようで、昭和57(1982)年12月に銀座ヤマハホールで開かれた姫神せんせいしょんのコンサートでは、このシンセが星さんが立つキーボードブースの中央に置かれていました。

笛、さまざま(2)_a0060052_23112167.jpg
 
 また、かつてコルグが発行していたサウンドメイクアップ昭和58(1983)年2月号の「ワンページデスマッチ」のコーナー(アルバム「天∴日高見乃國」1参照)で、星さんはPolysixに関する雑感を、

思わずため息が出てきた、とにかく手に入れて良かったと思っているシンセの一つ

と記されています。

 「ワンページデスマッチ」では、星さんの手によるPolysixのセッティングチャートまで公開されていて、アンサンブル感のある笛のセッティングもあります。そのセッティングチャートから読み取れる星さんの意図を分析し、デジタル機に応用していく形で記述を進めていきます。

 この音は聴感上は矩形波なのですが、設定上VCOの波形はPWM(パルス波の幅を変調する)になっています。パルス波の幅を不完全な矩形波にするため、中間位置よりやや右にPW/PWMつまみを設定しています。これはVCOでコーラス効果のかかった矩形波を作ることを企図していると思われます。通常PWMはLFO(周期変調)かVCF EG(時間変調)が変調のソースになるのですが、PolysixはVCOにPWM SPEEDという独立した機能があり、パルス波の変調のレイトはここで設定します。LFOとはちがうレイトが設定できるわけです。PolysixはEGによるPWMはできません。

 アンサンブル感のある笛を最終的に特長づけているのは、Polysixの内蔵エフェクターの一つ、その名も“アンサンブル(ENSEMBLE)”です。アンサンブルはKORG PS3000シリーズやPEシリーズに搭載されて好評を博しました。当時、単体での発売を切望されたエフェクターです。私も昭和58(1983)年に買ったKORG Mono/Polyのユーザーカードにそう書きました。

 VCOが1声あたり一つしかない(1ないし2オクターブ下の音を加えるサブ・オシレータはある)Polysixは、複数のVCOのピッチをディチューン(音程をずらす)してアンサンブル感を出すことはできません。Polysixの内蔵エフェクターのコーラスやアンサンブルは、そういう点をフォローする上で効果がありました。

 VCO上で作られたコーラス効果のかかった矩形波とアンサンブルエフェクト、これが、単に笛が「ポー…」となっているのとは違う、姫神せんせいしょん時代の不思議な笛の音のポイントです。

 星さんはこの音を、

何か遠い日の思い、あるいは、海辺での、昔の人々の事を想うと、こういう音色になる

と記されています。

 デジタルシンセでシミュレーションするにあたって、音源部分の設定そのものは笛、さまざま(1)で述べたことを参考にしていただければいいと思います。ワークステーションタイプのデジタルシンセでオシレータでコーラス効果のかかった矩形波そのものを作るのは無理ですが、二つのオシレータを微妙にディチューンすることで、似た雰囲気は出ます。コルグのデジタルシンセは、M1以降、WAVESTATION等若干の例外を除いて、必ず内蔵のマルチエフェクターの中にアンサンブルがあります。パラメーターの少ないエフェクターなので容易に設定できます。ローランドやヤマハのシンセにも、恐らく名称は違えども同じ機能のエフェクターはあるはずです。

 星さんがRoland D-50を使い始めて以降、アンサンブル感のある笛はD-50が担当しているようです。たしかD-50のプリセットの中にそのものズバリの音色があったはずです。エディットを加えてお使いだと思います。こちらはアンサンブル感を内蔵エフェクトではなくディチューンで出しています。

 コルグでいうプログラムを、ローランドではパッチ、ヤマハではボイスと呼んでいるのですが、それらはさらに前者は四つのトーン、後者は四つのエレメントに別れます。この四つを微妙にディチューンすると、複数の楽器が鳴っているように聴こえます。トーン/エレメントはいわば1台のシンセなので、音程だけでなく、フィルター、EG、LFO等の設定を一考して、トーン/エレメントを各々違ったものにすると、複数の楽器のキャラクターや演奏者のパーソナリティの違いを擬似的に出せると思います。

 「空の遠くの白い火」には、アンサンブル感ではなく、文字どおり笛のアンサンブルが登場します。もちろん、アンサンブルに見合う数だけシンセと演奏者を用意して1発録りしたのではなく、星さんが同じパートを複数回演奏して多重録音したものです。当時、リアルタイム入力できるシーケンサ−は存在しなかったので、当然全ての回を手弾きしたわけですが、人間の手は寸分違わない演奏は2度とできないので、アンサンブルを構成する個々の笛のパーソナリティが違う訳です。これが、擬似ではないアンサンブル感をかもし出しています。

笛、さまざま(2)_a0060052_10295299.jpg
 
 私は姫神の笛風電子音に関して、アナログ時代の方が好きです。今回取りあげたアンサンブル感のある笛に関しても、複数のオシレータのピッチをディチューンして作った音より、PolysixのVCO上で作られたコーラス効果のかかった矩形波とENSEMBLEエフェクトを駆使した音の方が、聴感的に心地よく、かつ個性を感じます。1声あたり1VCOしかないPolysixにアンサンブル感を与える為に星さんが為した工夫は、オリジナリティあふれる姫神せんせいしょんだけのサウンドを聴かせてくれています。

 KORG OASYS EXi LAC-1 PolysixEX試奏記でもKORG Polysixについて触れています。


KORG Polysix
http://www.korg.co.jp/SoundMakeup/Museum/Polysix/