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アテルイの首塚

 私がアテルイ(大墓公阿弖流為:おおつかのきみアテルイ)の名を見たのは姫神せんせいしょんのアルバム「遠野」の、詩人の斎藤彰吾さんによるライナーノーツにある蝦夷(えみし)に関する記述の中です。

この総首領がアテルイで、一関以北の部族国家を頑強に守っていた

延暦21(802)年、兵500を連れて征夷大将軍坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)の軍門に降伏する

などとありました。その後、いくつかの典籍からこのアテルイなる人物が大阪府枚方市のどこかで斬られ、墓や刑死にまつわる場所があることを知りました。しかしながらそれがどこにあるのかまでは知る機会がありませんでした。

 4年前、私は自転車で淀川の堤防や河川敷を上流方向へ走っていました。やがて淀川と穂谷川の合流地点までやってくると、それより上流は堤防上の道が舗装されてなく、また河川敷はゴルフ場になっていて降りていくことは出来ませんでした。そこで近くの京阪電車牧野駅界隈の商店街で飲み物を買い、遅咲きの桜が満開の公園のベンチに腰掛けて休憩を取りました。

 目の前に、盛り土が為されていて枝葉を大きく広げた樹木が植わり、その根元にお地蔵さんとも碑ともいえない亀の頭のような形の石が置かれているのを見つけました。公園内のどこにもそのいわれを語るものはありませんでした。

 その後もその公園をサイクリングの折り返し点にして、何度となくそのベンチで休憩をとったのですが、今年2月、片埜(かたの)神社の禰宜(ねぎ)の夫人が書かれた「神社若奥日記」という本を読んだおり、その中に私が休憩の度に気になっていた盛り土とその上の石の写真が載っていました。それが「アテルイの首塚」でした。私は何も知らずにアテルイゆかりの場所を何十回となく訪れていたのでした。

 そしてその塚のある牧野公園そのものが元々は隣にある片埜神社の神域だったこと、以前、片埜神社の禰宜が斎主をつとめて慰霊祭が行われたこと、作家の高橋克彦さんがアテルイを主人公に小説「火怨」を出したこと等を知りました。

 私は小説や漫画のアテルイ、その副将モレ(盤具公母礼:いわぐのきみモレ)、田村麻呂像を、そのまま受け入れる気にはなれませんし、史書に記されたアテルイの事績はあまりにも少ない(10分の1の兵力で朝廷軍を10年に渡って翻弄し続けたこと等)ので、彼等の人物像について記すことは出来ません。しかしながら、一つだけ私見を披露したいと思います。

 延暦21年、兵500を連れて降伏したアテルイは、遷都直後の京都へ連行されました。田村麻呂は「此の度は願いに任せて返し入れ、其の賊類を招かん(彼等を希望通り帰らせれば、他の抵抗勢力の帰属を促せるだろう)」と朝廷に意見するのですが、朝廷の結論は「野生獣心、反覆定め无(がた)し。縦(たと)ひ申請に依って奥地に放置せば、所謂虎を養いて患を遺すものなり」でした。アテルイとモレは処刑されました。

 私はアテルイ刑死の真のターゲットは田村麻呂ではないかと考えています。アテルイが死んだせいで奥州の蝦夷(えみし)は交渉を持つこと無く抵抗を続けました。田村麻呂は新都に落ち着くこと無く、再び奥州へ発つこととなりました。和歌や蹴鞠に遊ぶ貴族という名のニート達にとって“出来る男”田村麻呂は、目障りなだけだったのかもしれません。

 また、結局アテルイを守れなかった田村麻呂に対して、後ろから付き従う麾下(きか)の将兵達から、これまでの征夷大将軍に対するお追従(ついしょう)とは別の目線を浴び続けることになったのではないでしょうか。「あの人はアテルイを守れなかったのだ…」「あの人のせいで戦地へ赴ことになったのだ…」という目線を。

 少ない戦力で果敢に戦い続けたアテルイは、逆に重く用いれば、同じく“出来る男”として出世したかもしれません。奈良時代、孝謙・称徳女帝の時代に重用された蝦夷の道嶋嶋足(みちしまのしまたり)という先例もあります。時代も国も違いますがモンゴルのチンギス・ハーンは優秀な敵を重用することで大帝国を築きました。戦略も人事も平安京はあまりにも短絡的だったと思います。私には奥州へ向かう田村麻呂を見送る貴族達が、束帯の袖で口許を隠しながら「ホホホ…」と嗤う姿が目に浮かびます。

 本当のところ、アテルイの首塚の真贋は分かりません。しかし、真実ではなくとも事実ではある、と言っていいかもしれません。アテルイを敬愛する人々がそこを訪れることで彼の亡魂に触れることができるのであれば、そこはまぎれも無くアテルイの眠る所だと考えられるからです。

 碑建つ平成20年正月のアテルイの首塚平成20年4月1日のアテルイの首塚平成21年1月3日のアテルイの首塚平成23年4月11日のアテルイの首塚平成24年1月5日のアテルイの首塚へ続きます。


「神社若奥日記・鳥居をくぐれば別世界」(祥伝社黄金文庫)
http://www.s-book.net/plsql/slib_detail?isbn=439631339X

by manewyemong | 2006-05-07 13:13 | | Comments(0)