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「北天の星」(アルバム「姫神伝説」より)

 「北天の星」というタイトルは、先年物故された作家の菊池敬一さんが、前九年の役(1051-1062年)で滅ぼされた安倍貞任(あべのさだとう)を主人公に書かれた小説「北天の魁(ほし)-安倍貞任伝-」に因んだものと思われます。

 安倍貞任は古代後期の陸奥出羽のエスタブリッシュメント達の中で、最も果敢に京都からの侵略に抵抗した人物です。朝敵とされながらも、彼の人となりをフォーカスした部分は、京都側の作成した「陸奥話記」「古今著聞集」ですら、彼が優れた人物であることを伝えるものでした。

 「古今著聞集」の中にこんなエピソードが紹介されています。衣川の柵を放棄して騎馬で逃走する安倍貞任に、追撃する源義家が馬上から

衣(ころも)の館(たち)は ほころびにけり

と言うと、貞任は

年を経し 糸の乱れの 苦しさに

と上の句を返しました。源義家は思わず引き絞っていた弓を緩めたそうです。

 その他「古今著聞集」は貞任の死が潔いものであったことと、その御首(みしるし)に対する源義家の残虐な仕打ち(丸太に八寸釘で打ち付けた)が記されています。

 またこれは「平家物語」に記された話ですが、合戦に破れ生け捕りにされて京都へ連行された安倍宗任(あべのむねとう:貞任の弟)を見物にきた平安貴族達の1人が、彼を嘲笑しつつ梅の一枝を示して、これが何か分かるかと宗任に問いました。宗任は

わが国の 梅の花とは 見つれども 大宮人は いかがいふらむ

と答えたそうです。いずれも奥州安倍氏が一介の武弁ではないことを示すエピソードです。

 ちなみにこの安倍宗任、最初に伊予、後に筑前大島に流されました。安倍晋三官房長官はその子孫です。岩手県下の講演では“あべのしんぞう”と紹介されるそうです。先の北朝鮮のミサイル発射の騒動で鮮やかな対応を見せてくれました。

 いずれ書くつもりですが、古代陸奥出羽の歴史はあまりにも今日の日本にとって示唆的な事柄にあふれています。平和を唱えるだけで平和が来ると愚直に信じる言霊信仰は、インターネットの普及によるメディアリテラシーと、それによってこれまで隠されて来た、日本の周囲には悪辣な国家や民族しか存在しないという事実を見せられるにつけ、やっと瓦解してきました。

 このタイミングで、敵の“公正と信義に信頼し”て当初は合戦を避け続け、その後の奮戦空しく滅ぼされた奥州安倍氏の子孫が、まもなく日本の最高責任者になることに日本史の妙を感じます。

 話が大幅に逸れました。「北天の星」はそんな安倍貞任の、武弁とは別の部分を想って制作されたナンバーだと思います。怒涛のような歴史の荒波の中で“消費”され、消えていった郷土の英雄を、姫神せんせいしょんは、淡々と繰り返されるオスティナートにメロディやハーモニーを乗せるという抑えた表現で、しかし、最大級の敬慕をもって表現しています。


「北天の魁-安倍貞任伝-」(菊池敬一著、岩手日報社刊)
https://www.tohoku-bunko.jp/details/00111.html

by manewyemong | 2006-08-10 10:39 | 音楽 | Comments(0)