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プライスコレクション・若冲と江戸絵画展を観ました

 これまでアルバム「姫神」伊藤若冲の特別展「美の巨人たち」でジョー・プライスコレクションの特集で、伊藤若冲やエツコ&ジョー・プライスコレクションについて触れてきましたが、京都国立近代美術館での「プライスコレクション・若冲と江戸絵画展」に行ってきました。

 こういうまとまった形で伊藤若冲の作品に接するのは、平成12(2000)年秋の京都国立博物館「没後200年・若冲展」以来です。ウィークデーだったことや開場1時間余前に美術館に着いていたこともあり、各作品を余裕を持って観賞することができました。

 既に上野の東京国立博物館でご覧になった人達が、ブログで伊藤若冲の作品に関する(特に例の「鳥獣花木図屏風」)感想を上げていらっしゃるので、今回の記事ではあえて伊藤若冲の作品は外すことにしました。

 今回の特別展に関して京都国立近代美術館では展示の仕方にも新たな試みが為されていて、酒井抱一(さかい・ほういつ)の「十二か月花鳥図(じゅうにかげつかちょうず)」12幅に関して、各幅に床の間の障子越しの自然光が照明として使われ、観賞する時間帯によって見え方が変わるようになっています。

 そういえば10年ほど前にNHKが、仏像を通常の天井からの電気の明かりではなく、床側からの行灯(あんどん)かろうそくの灯りを照明として使った場合にどういう風に見えるか、という主旨の番組を放映しました。

 天井からの電気の明かりだと優しく親しみやすかった仏像が、床側からの火の灯りだと近寄り難い威厳を持った表情に変わりました。日本画も本来、自然光やこういった照明で見るべきなのかもしれません。

 長沢芦雪(ながさわ・ろせつ)の「白象黒牛図屏風(はくぞうこくぎゅうずびょうぶ)」は、六曲一双の各々縦155.3cm横359cmの、大きな、迫力のある屏風絵です。動物たちの白と黒の色調や描き方の違いでコントラストを出しています。

 筆遣いや色合いが柔らかく、また描かれた動物たちの表情がユーモラスな作品です。白象には小さな黒い鳥が、黒牛には同じく小さな白い子犬が添えられていて、一双の各々の中に逆の色調が配されていることも特徴の一つです。先に述べた床側からの火の灯りで眺めたらどういう風に味わえるかなと思った作品です。

 今回の出展作品の中で最も気に入ったのは、葛蛇玉(かつ・じゃぎょく)という大坂(大阪)の絵師が描いた、「雪中松に兎・梅に鴉図屏風(せっちゅうまつにうさぎ・うめにからすずびょうぶ)」という六曲一双の屏風絵です。

 サイズは各々縦153.7cm横353cm。雪がしんしんと降りしきり積もる中、松の木にしがみついた白兎の所にもう1羽の白兎が駆け寄る、もう1枚の屏風には枝に止まった鴉ともう1羽の飛び来る鴉が、何かコミュニケーションをとっている、という情景を描いています。雪が激しく降りしきる動的な様子と、物音らしい物音を感じさせない静寂感が、屏風の中で同居しています。

 「雪がしんしんと降る」の「しんしん」が、絵の中に封じ込められているような感じがしました。絵の中に音響にならない音響が感じられたのです。姫神のアルバム「雪譜(せつふ)」の「細雪」(この屏風絵に描かれた雪は牡丹雪ですけど)「青らむ雪のうつろの中へ」や「ましろに寒き川」の曲中に描かれたのと同じような空間を、葛蛇玉も見つめていたのかもしれません。

 ちなみに会場では「雪中松に兎」を右に「梅に鴉」を左に展示されていたのですが、図録によるとかなり説得力を帯びた異論もあるとのことです。

 エツコ&ジョー・プライスコレクションには江戸時代だけでなく明治の作品もあるのですが、川鍋暁斎(かわなべ・きょうさい)の「妓楼酒宴図(ぎろうしゅえんず)」もその一つです。

 妓楼の座敷での乱痴気騒ぎを描いた作品ですが、羽目を外した客達、花魁(おいらん)、芸者、いわゆる遣り手婆(やりてばあ)、幇間(ほうかん:太鼓持ち)といった人物1人1人が特徴を与えられて描き込まれています。絵の左端には達磨大師の描かれた衝立(ついたて)があるのですが、大師が眉をひそめて一座を見ているのが何だか可笑しい。

 「若冲と江戸絵画展」コレクションブログによると、暁斎は酒に関することで問題を起こすことがあったようです。達磨大師は、あるいは描き手の自嘲のシンボライズかもしれません。

 鈴木其一(すずき・きいつ)の墨画「飴売り図」は、キジかヤマドリの尾羽を付けた帽子(私には支那、それも漢族ではなく満州族風に見えます)をかぶり 、同じく満州風の胡服を着、右手に太鼓、左手に持ったチャルメラ(図録によると唐人笛と言われていたそうです)を吹きながら飴を売り歩く人を描いた、シンプルな筆致の作品です。軽快なチャルメラや太鼓の音が封入されたような、音響を感じさせる絵です。

 PRの為に異国風の装束で人々の注意を引いていた飴売りの様子は、明治になっても見かけられたようで、図録には石川啄木の、

飴売りの チャルメラ聴けば うしなひし おさなき心 ひろへるごとし

という歌(「一握の砂」から引用)が解説に添えられていました。

 エツコ&ジョー・プライスコレクションは、伊藤若冲に関するものが有名だからかもしれませんが、どちらかというと自然を描いたものが多く、風俗を題材にしたものは少ないかのような先入感が私にはありました。しかし実際は「妓楼酒宴図」「飴売り図」のような風俗を描いたものもあり、時代の空気が封入されたような作品が好きな私は大いに楽しめました。

 エツコ&ジョー・プライスコレクションが日本でこういう形で公開される機会は、これが最後かもしれません。期間中、作品の架け替えもあるので、あと数回、京都国立近代美術館に出かけようかと思っています。

 我々日本人は長く日本画を顧みることを忘れていました。ジョー・プライスさんが蒐集してくださったおかげで、我々は日本画を思い出し、こうしてまとまった形で観賞することができます。ジョー・プライスさんに本当に感謝したいと思います。

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 「プライスコレクション・若冲と江戸絵画展」図録。

 「動植綵絵」、相国寺に帰る(1)「動植綵絵」、相国寺に帰る(2)「動植綵絵」、相国寺に帰る(3)「若冲になったアメリカ人/ジョー・D・プライス物語」へ続きます。


「若冲と江戸絵画展」コレクションブログ
http://d.hatena.ne.jp/jakuchu/
ジョー・プライスさんご自身による各作品に対する解説ブログです。各作品の画像も添えられています。

京都国立近代美術館
http://www.momak.go.jp/

「鳥獣花木図屏風」
(「若冲と江戸絵画展」コレクションブログより)
http://d.hatena.ne.jp/jakuchu/20060511/p1

「十二か月花鳥図」
(「若冲と江戸絵画展」コレクションブログより)
http://d.hatena.ne.jp/jakuchu/20060630/p2

「白象黒牛図屏風」
(「若冲と江戸絵画展」コレクションブログより)
http://d.hatena.ne.jp/jakuchu/20060628/p1

「雪中松に兎・梅に鴉図」
(「若冲と江戸絵画展」コレクションブログより)
http://d.hatena.ne.jp/jakuchu/20060627/p2

「妓楼酒宴図」
(「若冲と江戸絵画展」コレクションブログより)
http://d.hatena.ne.jp/jakuchu/20060604/p1

「飴売り図」
(「若冲と江戸絵画展」コレクションブログより)
http://d.hatena.ne.jp/jakuchu/20060611/p2

by manewyemong | 2006-09-27 19:45 | | Comments(0)