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カテゴリ:ご挨拶・お知らせ

  • 平成24年1月1日のご挨拶
    [ 2012-01-01 10:57 ]
  • Twitterを始めました
    [ 2011-04-06 09:41 ]
  • 被災された方々にお見舞い申し上げます
    [ 2011-03-13 08:54 ]
  • 平成23年3月7日13時、オープンします
    [ 2011-03-02 08:18 ]
  • 古本屋ビオンボ堂のポストカード、刷り上がりました
    [ 2011-01-29 11:07 ]
  • 平成23年1月1日のご挨拶
    [ 2011-01-01 05:27 ]
  • 平成21年元旦
    [ 2009-01-01 10:39 ]
  • 平成20年の大晦日に…
    [ 2008-12-31 23:11 ]
  • 4年目に入りました
    [ 2008-11-06 18:40 ]
  • 新年のご挨拶
    [ 2007-01-07 05:20 ]
 あけましておめでとうございます。平成24(2012)年もよろしくお願いいたします。
 ビオンボ堂の氏神、大阪天満宮表門に下げられている十二支方位盤。
 今年の干支は辰です。辰といえば、平成22(2010)年9月12日、天満橋橋上でこんなものを見ました。
 シンセサイザー群。旧年中、KORG T3 EXZ1が加わりました。またminimoogは修理して使えるようになりました。
 獅子頭はT3のフロント上に居ます。

 古本屋ビオンボ堂は元旦から1月4日まで、12時から18時まで営業しています。
 昨日からTwitterを始めています。

 http://twitter.com/biombodoh

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 東北地方太平洋沖地震で被害に遭われた方々にお見舞い申し上げます。

 当ブログへのアクセス人数が一昨日昨日と半減しています。これが閲覧者の皆さんの被災者の数ではない事を願うばかりです。

 先の阪神淡路の震災のおり、彼の地の人々からの物心両面の手厚い支援をいただいた事を、我々は忘れていません。今度は我々の番です。

 人々の心安らかな日々の恢復を祈っています。
 古本屋ビオンボ堂オープンの日を、来る平成23(2011)年3月7日月曜日13時としました。 

 以下、あらためて古本屋ビオンボ堂の基本情報です。

 主に

  シンセサイザー(黎明期~2000年代初頭)

  美術(絵巻/屏風/浮世絵/特別展図録/月刊誌等)

  暮らし(料理/雑貨/習俗等)

  街(首都圏/京阪神/その他)

  Mac雑誌(黎明期~2000年代初頭)

 等に関する古本を扱います。

 郵便番号:530-0041
 住所:大阪市北区天神橋1丁目1番13号小西ビル3階301号室
 URL:http://manewyemon.exblog.jp/

 営業時間:13時~20時 
 定休日:木曜日

 表に看板を出していません(理由は表札、看板参照)。
 古本屋ビオンボ堂のポストカードが刷り上がりました。
 宛名職人というアプリケーションを使って作ったのですが、ビオンボ堂の備品のプリンタの動作が遅いのと刷り上がりの出来があまりにも悪いので、業者さんで出力してもらいました。

 「なんとなく…」が大嫌いな私としては、うすぼんやりとしたイメージを示すのではなく、店の様子の画像(平成22年11月29日の古本屋ビオンボ堂の様子参照)と、扱う書籍のカテゴリーの列挙という、全くひねりの無いものになりました。

 このポストカード、営業開始日が決まるまで、もう少しの間、店内で眠らせておきます。
 あけましておめでとうございます。
 鏡餅はKURZWEIL 250の上に鎮座。
 獅子頭はminimoogの上に置きました。
 とても古本屋とは思えない、ちぐはぐな空間になりつつあります。
 ビオンボ堂の氏神、大阪天満宮表門に下げられている十二支方位盤。デコラティブジャパン感(古本屋ビオンボ堂屋号縁起参照)に富んでいます。
 今年の干支は卯です。私は犬や猫よりもウサギが好きです。
 開店日のお知らせまで、もう少々お待ちください。
あけましておめでとうございます。

 本年もよろしくお願いいたします。

 今年はシンセサイザーを増やしたいと思っています。試奏記ではなく導入記を書きたいものです。
 平成20(2008)年も残り1時間を切りました。

 先程まで、今年1月から3月まで関西テレビ/フジテレビ系列で放映されたドラマ「あしたの、喜多善男」のオリジナルサントラ盤を聴いていました。

 このドラマは視聴率はあまり良くなかったそうですが、私は珍しく初回から最終回まで観ました。物語の展開も良かったのですが、キャストの起用や絵の撮り方が他のドラマと雰囲気が違っていて、なおかつジャズピアニスト小曽根真(おぞね・まこと)さんとその友人達による劇伴が秀逸でした。ヒューマンでミステリアスでしかしどこかコミカルなこのドラマを、あえてジャズで飾るというアイディアが活きていて、独創的なドラマでした。

 結局今年私が買ったアルバムCDはこのサントラ盤とせんせいしょんの「桃源郷」だけでした。BGM担当経験が無いジャズメンが作ったオリジナルサントラ盤と、昭和59(1984)年の解散から24年を経てこれまでのキャリアとは違う形で活動を再起動したグループの作った音楽が私を魅了したというのは、象徴的なことかもしれません。これら二つのアルバムには、今までとは違うことをしてみた、という共通点があります。

 ここ数年、今まで惰性で続いてきた様々な事柄に、皆がそっぽを向き始めているのではないでしょうか。ちなみに今年の漢字は「変」でした。我々はこれまでとは違うものを求め、また自分たちも変わらなければならないという欲求を持っているのかもしれません。

 もっとも、手癖に足をすくわれて自分で自分のエピゴーネンをずっとやってるシンセ奏者もいますけどね。

 話はがらりと変わって、今日携帯電話のカメラで撮った画像を載せたいと思います。
 昼間、大阪心斎橋のクリスタ長堀にて。明日の元旦にはさらに飾り付けが為されていると思います。私がよく言う“デコラティブジャパン”(「動植綵絵」、相国寺に帰る2アルバム「桃源郷」2参照)に、大阪が最も彩られる時期は、元日から十日戎にかけて、そして天神祭ではないでしょうか。東京都民だった頃は11月の酉の市の時期にデコラティブジャパンを感じました。
 本棚です。私の部屋で最もデコラティブ?な場所です。私は古書をよく買いますが、同時に売ることも多いので、さほど蔵書があるわけではありません。
 照明を暗くして撮ってみました。シンセサイザー趣味を再開して4年、ここだけは変化が起こりません。長期借用していたMTRが去り、1年が過ぎようとしています。
 女声ハミングのようなリード音で作った音色は、このような名前で私の愛機KORG TRITON Le 61に入っています。

 以上、これが今年最後の記事です。お粗末さまでした。皆さん、良いお年を。
 昨日平成20(2008)年11月5日より、このブログは開設から4年目に入りました。これまで情報を寄せてくださった方々や、ご協力いただいたアーティストさんに、改めて感謝いたします。

 シンセサイザーの新製品の仕様に関する雑感や試奏記を載せ始めた頃から閲覧者が増え、今日はいつもよりやけに閲覧者が多いなと思ってふとメーカーさんや楽器の見本市のサイト等を見ると、新製品が出ていたということが多々ありました。

 そして先の楽器フェスティバル2008でこんなものを見ましたのアップ以降の数日間、1日の閲覧者数が300人を越えました。ブログでmicroKORG XLやKORG M50-61のカラーバリエーションを採り上げたのは、どうやらこのブログが最初だったようですが、それが理由かもしれません。ここ2日は元通り100人を少し超える程度に落ち着いて来ています。これからも日本のメーカーの新製品に関してできるだけ採り上げようと思っています。

 先日ある飲食店(店内でビンテージシンセが鳴っている)で、昭和57(1982)年頃に製品化された手のひらに乗るサイズのパーカッションシンセサイザー(私は同じシリーズのハンドクラッパーを持っていました)を触らせていただいているうちに、私の中で昭和58(1983)年春のYAMAHA DX7登場以前に、シンセサイザーに対して持っていた考えや感性がよみがえってきました。今後、記憶を頼りに古いシンセサイザーについても記事を書くかもしれません。

 先日上京したおりお参りした柳森神社(やなぎもりじんじゃ)のおたぬき様。おたぬき様にあやかって、他抜き(たぬき)、つまり、他の単なる受け売りではない、何に感じ入ったか、何を感じ想ったかを綴っていけたらと思います。
 あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。

 昨日早朝上京し、8日夜まで滞在しています。というわけで、このブログの本格的な記事のアップは、少なくとも8日以降になります。ノートパソコンを持って来ているので、気が向いたらこうして何か書くかもしれません。

 新年の私の第一声は、毎年初詣に行く神社(祭神は菅原道真です)の参道での「ならばんかい、ボケ!」という怒号でした。平成19年元日の午前零時を1分もまわっていなかったと思います。自分もその一員ながら大阪人は初詣の時ですらこのザマかと呆れました。

 目的と手段の関係は我々の生活に於いて四六時中と言ってもいいほどついてまわる問題ですが、大阪の人間はどいつもこいつもそのことに対する思考を完全に放棄しているのではないでしょうか。私は大阪に生まれた事を人生最初にして最大の失敗だと常々思っているのですが、新年が始まって1分経つか経たないかのうちに改めてそのことを思い知らされました。

 私の初詣でのお願い事は、私の荒ぶる血圧の降下と東京転勤、そして敵国調伏です。遣唐使廃止はともかく、胃弱の持病、そして流罪で人生を閉じた菅原道真に相応しい願い事かどうかは分かりませんけど。

 ちなみに昨日は雨の中靖国神社で同じお願い事をしました。都内で最も雨脚が強まった時間帯だったのですが、そのわりには順番を待つほど参拝者がいて、なおかつ若い女性が多かったのが印象的でした。神社に参拝するおりの二礼二拍手一礼の作法をきちんとされていたのも驚きました。むしろ団塊世代の人たちの方がご存じないのではないでしょうか。