ANA国内線【PR】

カテゴリ:場

  • デザイン工房兼ギャラリーショップ、frafuさん
    [ 2012-05-25 14:19 ]
  • 平成24年4月10日の南天満公園の桜
    [ 2012-04-10 11:01 ]
  • 天満橋OMMビルに映った平成24年1月26日の空
    [ 2012-01-26 16:34 ]
  • 平成24年1月5日のアテルイの首塚
    [ 2012-01-06 14:16 ]
  • 平成23年12月9日朝の仁和寺氏神社
    [ 2011-12-09 16:37 ]
  • 平成23年12月1日朝の南天満公園の紅葉
    [ 2011-12-01 09:20 ]
  • 平成23年11月17日朝の佐太天神宮
    [ 2011-11-18 12:28 ]
  • 平成23年11月16日の南天満公園の紅葉
    [ 2011-11-16 11:14 ]
  • 平成23年十三夜、天満橋上空の月
    [ 2011-10-09 21:18 ]
  • 平成23年7月7日七夕の天満橋橋上より
    [ 2011-07-08 10:14 ]
 デザイン工房兼ギャラリーショップ、frafu(フラフ)さんが、本日平成24(2012)年5月25日、オープンされました。

 場所は大阪市北区天神橋1丁目1番13号小西ビル2階201号室、
 つまりビオンボ堂と同じ建物の中です。

 最近、天神橋1丁目界隈で素敵な空間を発見する機会が何度かあったのですが、今度は同じ建物の中で見つけたわけです。
 出入り口付近からの店内。逆光になったので暗く見えますが、他の画像でも分かるとおり、お店の中は至極明るく、落ち着いたたたずまいです。
 床は木でできています。
 店主手づからのものだけでなく、知人の方のものもふくめ、作品が並んでいます。
 窓際。壁に取り付けられた長い1本の木のカウンター。ここにも作品がさりげなく置かれています。
 店内には作家さん向けのギャラリースペースもあります。
 今、ギャラリースペースにて展示されているのは、温川典子さんの作品「サンクスズメ」です。
 木でできた不思議なスズメたち。 
 木のハンドルを時計回しに回すと何かが起こります。ぜひ、furafuさんにてお確かめください。

 furafuさんの営業日は当分、金、土曜日のみで、いずれは月曜日を定休日に、そして日曜日を不定休日とされるようです。営業時間は11時から18時です。


furafu
http://furafu.jimdo.com/
 furafuさんのサイトです。


 今のところfurafuさんは、うちと同様、表に看板を出していらっしゃらないので、最寄り駅からお越しの方法等、ビオンボ堂のブログの最寄り駅からの道筋をご参照ください。
by manewyemong | 2012-05-25 14:19 | | Comments(0)
 平成24(2012)年4月10日、薄曇りの南天満公園の桜です。
 天満橋橋上から。
 ところで去る4月3日、西日本から東日本にかけて、所謂爆弾低気圧による春の嵐が吹き荒れました。
 そのおり、南天満公園のテニスコートの東端に隣接する木の枝が、折れてしまいました。枝が折れた時に、幹に大きな洞(うろ)ができています。
 折れてぶら下がっていた枝は打ち払われたのですが、
 その後、根元から伐採されました。
by manewyemong | 2012-04-10 11:01 | | Comments(0)
 平成24(2012)年1月26日の大阪市内は、時に小雪がちらつく空模様なのですが、冷涼故か空気が澄んでいて、天満橋のOMMビルの壁面に空と雲とが映っていました。
by manewyemong | 2012-01-26 16:34 | | Comments(0)
 平成24(2012)年1月5日夕刻のアテルイの首塚及び片埜神社です。

 アテルイの首塚はこれまで、アテルイの首塚平成20年4月1日のアテルイの首塚平成21年1月3日のアテルイの首塚平成23年4月11日のアテルイの首塚等で採り上げてきました。
 しめ飾りが置かれた伝阿弖流為母禮之塚の碑。
 アテルイの首塚に元からあった石。
 漢文で何か書かれています。「望郷千載両雄眠」に、新都平安京へ連行され斬られたアテルイとモレの心境を思わざるをえません。
 片埜神社山門。
 一の鳥居の扁額。
 町の小さな神社では見る機会が少ない茅の輪(ちのわ)。
 デコラティブジャパンな本殿。ビオンボ堂が憧憬するあの時代(古本屋ビオンボ堂屋号縁起参照)、つまり安土桃山時代の建築です。

 戦国時代、この神社も兵火にあったのですが、天下を統一した豊臣秀吉によって修復されたそうです。大坂(大阪)城からみて艮(うしとら)の方角、つまり鬼門にあたるこの神社を、大坂城の鎮護の社としたそうです。片埜神社のあるこの牧野阪辺りは大阪平野の北東角で、ここからは淀川の川岸の細長い土地で京都へと続いています。

 アテルイの首塚のある牧野公園は、かつてこの片埜神社の神域にありました。
 本殿や拝殿等は次の豊臣秀頼の代に建てられ、今に伝わっています。
 片埜神社では1月10日のえべっさんもあります。この神社の神職の夫人が書いた「神社若奥日記」には、七五三や初詣、えべっさんにおける神社の舞台裏の大変さが書かれています。

 このえべっさんの絵、その「神社若奥日記」の挿絵にタッチが似ています。挿絵を描かれたのは若奥の夫君、つまり神職の方なのですが、あるいはこのえべっさんもその手によるものなのかもしれません。
 片埜神社で授かってきました。たしか岩手県で作っているそうです。
 アテルイのお守り。


片埜神社
http://www.eonet.ne.jp/~katanojinja/

「神社若奥日記・鳥居をくぐれば別世界」(詳伝社黄金文庫)
http://www.s-book.net/plsql/slib_detail?isbn=439631339X
by manewyemong | 2012-01-06 14:16 | | Comments(0)
 今朝、佐太天神へお参りに行ったついでに、すぐ近くの仁和寺氏神社(にわじうじかみしゃ)にも足を伸ばしました。
 「仁和寺庄(にわじのしょう)の古跡」
 「御伽草子」の鉢かつぎ姫が持っています。寝屋川市ではよく見かけます。
 鳥居の扁額。近くの佐太天神同様、菅原道真公が祀られていることを示しています。

 案内板には、寛永10(1633)年までは白山権現社だったとあります。
 手水舎。「宝暦九歳〜」の文字が見えます。
 大都市の住宅地の中とは思えない木々の表情。
 拝殿。
 臥牛(がぎゅう)さん。
 
拝殿前から鳥居の方向を見返してみました。

 どうも最近、NHK「ブラタモリ」の影響か、新幹線だの飛行機だのに乗って出かけていく所よりも、通勤定期や自転車、徒歩で行ける範囲、言い換えれば、自分の住む、働く街に対する関心が湧いて来ています。

 壮麗な城郭や神社仏閣だけではなく、我々の街や村も歴史の舞台である事に変わりはないわけですから…。
by manewyemong | 2011-12-09 16:37 | | Comments(0)
 平成23(2011)年11月16日朝、天神橋橋上から南天満公園の紅葉を撮ってから半月が経ちました。
 天満橋橋上から。
 八軒家浜から。
 天神橋橋上から。

 桜もそうなのですが、私は曇天下の紅葉が好きです。晴れ渡る日よりも、木々の緋色が鮮やかに感じられます。

 刻々と装いを変え続ける草木や渡り鳥等、都市のど真ん中ながら、古本屋ビオンボ堂のまわりには、季節の語り部達が数多居ます。

 師走は何かと気ぜわしいものですが、時折、彼等の語りに耳をそばだてたいものです。
by manewyemong | 2011-12-01 09:20 | | Comments(0)
 私が子供の頃からお参りに来ていた佐太天神宮(さたてんじんぐう)の、平成23年11月17日の朝です。

 佐太天神宮は大阪府守口市佐太中町7丁目にあります。そばを国道1号線が走り、そして淀川が流れています。地元では佐太天神と呼ばれる事が多く、私もそう言ってきました。

 このあたりは平安時代、菅原道真(すがわらのみちざね)の領地で、道真が太宰府への配流で淀川を舟で下って来たおり、ここに留って赦免の沙汰を待った事から佐太と呼ばれるようになった、という話を聞いた事があります。その後、道真の赦免は無く、太宰府で空しく最後を迎えた後、怨霊となり、そして学問の神様として信仰されるようになった顛末はご存知のとおりです。
 国道1号線に面した一の鳥居。「佐太天神宮」の額が掲げられています。
 この鳥居から拝殿まで、一丁半だそうです。
 一の鳥居から二の鳥居、山門、そして拝殿へと続く参道。

 両脇の常夜灯、夜の灯火が本当に幻想的です。たしかこの夏は電力不足で灯されなかったのですが、今は灯されています。

 背後の国道1号線を渡り、淀川の堤防上からここを眺めると、この灯りの続く向こうに月が上がっていたりします。その度、私の脳裏で姫神の「砂山・十三夜」のあのバイオリンのフレーズが聴こえてきます。堤防上からこの神域と併せて十三夜の月を眺める事が、この時期の私の楽しみです。今年はかないませんでしたが…。

 私が子供の頃は向かって右手にある駐車場も森だったので、今以上に鬱蒼としていました。都会の真ん中なのに、田舎に来たような気分になれます。

 参道の途中、愛宕社、そして、
 お稲荷さんと、二柱の末社があります。
 お稲荷さんの鳥居には「天保十三年~」の文字がうがたれています。
 山門。

 山門をくぐると、
 左手に手水舎(てみずや)。
 江戸期の豪商、淀屋寄進の石井筒。

 撮影し忘れたのですが、この手水屋の向こうに、文楽(人形浄瑠璃)や歌舞伎の「菅原伝授手習鑑(すがわらてんじゅてならいかがみ)」の「佐太村の段」に登場する、白太夫(しろたゆう)を祀った摂社があります。

 神社をお参りするおり、手水を使わせていただく度に思うのですが、柄杓(ひしゃく)ひとすくいのお水で、なんであんなにさっぱりするのでしょうね。
 拝殿。
 佐太天神宮に伝わる「天神縁起絵巻(てんじんえんぎえまき)」の、おそらくレプリカと思われる絵巻が、広げられて額に入った形で拝殿に飾られています。「天神縁起絵巻」が収められた箱には、室町時代の「文安三年」(1446年)と書かれているそうです。
 「佐太天神宮 紙本著色天神縁起絵巻」図録。社務所で1,600円で頒布されています。
 拝殿裏。
 本殿裏。
 天神さんらしく、神域には至る所に梅鉢紋があります。
 佐太戎社。まず、拝殿前でお参りした後、裏へまわり、木槌を打って拝するのが正式なお参りの作法です。
 えべっさん。炎天下も雨の日も雪の日もまことにご機嫌麗しく、恐悦至極に存じ奉りまする。
 臥牛(がぎゅう)さん。菅原道真には牛にまつわるエピソードが数多あり、管公を祭神とする天満宮では必ずその使者たる臥牛さんがいるそうです。片埜神社の臥牛さん(平成20年4月1日のアテルイの首塚参照)同様、鞍に梅鉢紋が描かれています。
 鼻紋まで作り込まれています。
 脇門。

 写真を撮り忘れたのですが、ここから外へ出ると、
 来迎寺(らいこうじ)があります。このお寺に伝わる幽霊の足跡とその物語が、TBS系アニメ「まんが日本昔話」になった事があります。

 私が子供の頃、相撲の佐渡ヶ嶽部屋(さどがたけべや)の大阪での宿舎になっていて、町でよく力士達を見ました。朝稽古を見学させていただいた事があり、琴若という力士の稽古姿に目を見張った記憶があります。

 全国的に知られた古刹や城郭、史跡等を訪ねるのも良いのですが、ふと自分の生活圏にあるものに改めて触れてみたくなりました。今後、身近な所での折々の祭事等、採り上げる事ができればと思っています。


おまけ。

 今回は居なかったのですが、いつも佐太天神をお参りするおり、神域で見かける猫殿。私の姿を見ると近くまで寄って来るのですが、
 なぜか、
 目を合わせてくれません。平成22(2010)年4月撮影。
by manewyemong | 2011-11-18 12:28 | | Comments(0)
 平成23(2011)年11月16日朝、天神橋橋上から見た南天満公園。

 まだ紅葉が見頃ですという状況ではないのですが、桜花満開の4月11日の様子と併せて見てみると、今更ながら都会の片隅にも、季節は経巡(へめぐ)って来るのだという事を感じます。

 今の時期、天満橋駅方面から古本屋ビオンボ堂へお越しのお客様は、その途上、天満橋からでも天神橋からでもこの紅葉をご覧いただく事ができます。

 平成23年12月1日の南天満公園の紅葉へ続きます。
by manewyemong | 2011-11-16 11:14 | | Comments(0)
 毎年十三夜、私は姫神の「月のあかりはしみわたり」(アルバム「北天幻想」より)「砂山・十三夜」(アルバム「風の伝説」より)を聴きながら、文治5(1189)年の十三夜に詠まれた、ある歌の事を思い出します。

 この年、源頼朝による奥州征伐によって、平泉の奥州藤原氏は滅ぼされました。その事を悲しんだ無量光院の助公なる僧の歌が、吾妻鏡に記されています。
昔にも あらず成る夜の しるしには 今夜の月も 曇りぬるかな
 中尊寺の月見坂で詠まれました。

 平成23(2011)年10月9日、今宵はその822年後の十三夜です。

 文治5年の十三夜とは違い、月に雲はかかっていませんが、今年、未曾有の災厄が見舞った彼の地の人々の心を、この月の光が多少なりとも慰撫してくれる事を祈ります。
by manewyemong | 2011-10-09 21:18 | | Comments(0)
 例によって上手く撮れなかったのですが、
 こんな光景を見る事が出来ました。

 既に平成OSAKA天の川伝説2011は終わっていたらしく、数艘の舟が川面に浮かぶLED光球を回収する作業をしていました。

 おまけ。
 翌朝、つまり今朝(7月8日)の京阪電車天満橋駅にて。京都の祇園祭のPRの一団。都人の奏するアコースティック楽器群が駅構内のリバーブに乗って響いていました。
by manewyemong | 2011-07-08 10:14 | | Comments(0)