implant4さんで、ワークステーションの廉価機、Roland JUNO-Gを試奏させていただきました。

この個体はとても中古機とは思えない美品で、システムを最新のRoland JUNO-G Version 2 Sampling Expansionにアップデートしてあります。
Roland JUNO-GはThe NAMM Show 2006で、アナログモデリングシンセSH-201、ボーカル&アンサンブルキーボードVP-550とともに発表されました。実際に店頭に並び出したのは半年近く経った頃だったと記憶しています。
ローランドから店頭価格が10万円を、そして本体重量が10kgを切る、所謂ワークステーション廉価機はこのJUNO-Gが初めてであり、製造が終わって久しい平成24(2012)年2月現在、後継機というべきモデルはありません。もしかするとローランドの最初で最後のワークステーション廉価機となるかもしれないモデルです。
かつてローランドには、JUNOの名を冠したポリフォニックアナログシンセサイザーシリーズが存在していました。
昭和57(1982)年の早い時期に出たRoland JUNO-6は、キーアサイナー方式のポリフォニックシンセとして初めて20万円を大きく切ったモデルであり、オシレータはVCOではなくDCOでした。

JUNO-6を初めて見たのは、キーボードマガジン昭和56(1981)年12月号の’81楽器フェアのグラビアなのですが、カラーリングやロゴデザインが、後に我々が知るものとはかなり違っていました。製品版の変更点は全て良い方向へ働いたと思います。この姿が今日にまで継承されるJUNOシリーズの原点となりました。
私はこのJUNO-6の中古機を、昭和61(1986)年の春に買いました。私にとって初のポリフォニックシンセだったのですが、2年後、KORG M1購入時に下取りに出しました。
続くプログラマブル機JUNO-60は、56音色を記憶する事と音色番号を2桁のLEDで表示しました。当時私が知る限りSEQUENTIAL CIRCUITS prophet-5やRoland JUPITER-8くらいしか音色番号を表示するアナログシンセはありませんでした。楽器の表面に数字が表示されるというのが、何だかすごく未来的な感じがしました。もっとも、時を経ずしてデジタルアクセスコントロールタイプのKORG POLY-61、そしてYAMAHA DX7が登場するのですが…。また、JUNO-60はMIDI以前のローランド独自の規格DCBを備えていました。
昭和59(1984)年の年明け、JUNOシリーズ初のMIDI対応機JUNO-106が登場します。ボコーダーの音声入力ソースのカセットテープをつぶやくで触れたキーボードマガジン昭和59年7月号の記事には、発売数ヶ月のJUNO-106の記事もあったのですが、その最後はJUNO-106が後々名機として記憶されるであろうという意味の予言で締めくくられました。そしてそれが完全に的中した事はご存知のとおりです。
2000ステップを記憶するDCBデジタルシーケンサーRoland JSQ-60は、JUNO-60の、そして6100ステップを記憶するMIDIデジタルシーケンサーRoland MSQ-100は、JUNO-106の筐体のカラーリングを継承していました。
その後、αJUNO-1/2を最後にJUNOシリーズは途絶していたのですが、平成16(2004)年、簡便なシンセサイザーエンジンを備えたデジタルシンセRS(これもアナログシンセ時代のローランドのストリングスキーボードの名なのですが…)シリーズの後継機として、JUNO-Dという名を冠したモデルが登場しました。
JUNO-Gは続くデジタルJUNOシリーズの2番機です。後にJUNO-Dにはオシレータ波形を増装したJUNO-D Limited Editionが登場しました。
JUNO-Gは、ワークステーション機Roland Fantom Xのリミテッドエディション機ともいうべきFantom Xaの仕様をほぼ踏襲して、同機を1年余という短命な存在にしたモデルともいえるかもしれません。

JUNO-GはJUNO-106よりもJUNO-6/60の姿を受け継いでいると思います。


Fantom XやFantom G、V-Synth、V-Synth GTといったローランドのシンセは液晶画面の左に演奏操作子、右に音色設定操作子を集約しているのですが、JUNO-D/Gは右端にフィルターやENVに関する演奏操作子があります。

JUNO-D Limited Editionでその事に関する私なりの使い方を記しました。

リアパネル側。

USB端子があり、パソコンと接続してエディター/ライブラリアンを使う事ができます。

アウトプットがステレオ2系統あり、61鍵をスプリット、たとえばアッパー側をmini KORG 700Sリード、ロワーをヒューマンボイスにして演奏する場合でも、各々をステレオ出力し個別にフットボリュームを介在させる事ができます。廉価ワークステーションの現行機の場合、いずれもステレオ1系統のみです。


鍵盤。JUNO-Dと同じく、若干白/黒鍵とも短いと思われます。感触はRS-70/Fantom Xaよりも格段に良くなっています。他社の現行ワークステーション廉価機よりも、弾きやすいと思います。

フロントパネル全景。

ベンダーレバー。周囲にアサイナブルボタンやスライダーはありません。



液晶画面左側の演奏操作子は、Dビームコントローラーとオクターブ/アップダウンやアルペジエーター、コードメモリー。
コードメモリーはFanton X/G同様、ベロシティで構成音の各要素の発声のタイミングをコントロールできたりします。様々な表現が発想できると思います。

液晶画面。黄色のバックライト。1ページを表示しきれるものではなく、スクロールさせなければならないのですが、

文字は大きく表示され、視認しやすいと思います。四つのトーンのパラメータを画面1ページに表示できるといったローランドデジタルシンセの特性を、廉価機であるにも関わらず継承しています。
画面はオシレータ波形を700 Triangle(mini KORG 700の三角波)にした状態です。残念ながら他のローランドシンセ同様、波形のリスト表示はできません。

ダイヤルとINC/DEC、カーソルボタン。テンキーは無く、パラメータのバリュー入力はこれらを使って行います。
オシレータ波形が少ない(Fantom Xaと同じ)事や鍵盤がアフタータッチを使えない(もちろん他機からの受信はできます)事を除けば、シンセサイザーエンジン部分のパラメータ構成はFantom Xと同じです。
OASYS以外のコルグのワークステーション機が、TRITON ExtremeでさえEGに関してタイムの弧の描き方を設定できない時代に、JUNO-Gではそれが可能でした。もちろん現行機KORG M50は、EGの各タイム個別にカーブの形を設定できるまでになっています。



廉価ワークステーション機はこれまで、KORG TRITON Leとその後継機TR、M50、YAMAHA MO6、MOX6と登場しているのですが、私は今日に至るもこのRoland JUNO-Gを最も気に入っています。
Roland JUNO-G
http://www.roland.co.jp/products/jp/JUNO-G/
Roland Fantom Xa
http://www.roland.co.jp/products/mi/Fantom-Xa.html

Roland JUNO-GはThe NAMM Show 2006で、アナログモデリングシンセSH-201、ボーカル&アンサンブルキーボードVP-550とともに発表されました。実際に店頭に並び出したのは半年近く経った頃だったと記憶しています。
ローランドから店頭価格が10万円を、そして本体重量が10kgを切る、所謂ワークステーション廉価機はこのJUNO-Gが初めてであり、製造が終わって久しい平成24(2012)年2月現在、後継機というべきモデルはありません。もしかするとローランドの最初で最後のワークステーション廉価機となるかもしれないモデルです。
かつてローランドには、JUNOの名を冠したポリフォニックアナログシンセサイザーシリーズが存在していました。
昭和57(1982)年の早い時期に出たRoland JUNO-6は、キーアサイナー方式のポリフォニックシンセとして初めて20万円を大きく切ったモデルであり、オシレータはVCOではなくDCOでした。

私はこのJUNO-6の中古機を、昭和61(1986)年の春に買いました。私にとって初のポリフォニックシンセだったのですが、2年後、KORG M1購入時に下取りに出しました。
続くプログラマブル機JUNO-60は、56音色を記憶する事と音色番号を2桁のLEDで表示しました。当時私が知る限りSEQUENTIAL CIRCUITS prophet-5やRoland JUPITER-8くらいしか音色番号を表示するアナログシンセはありませんでした。楽器の表面に数字が表示されるというのが、何だかすごく未来的な感じがしました。もっとも、時を経ずしてデジタルアクセスコントロールタイプのKORG POLY-61、そしてYAMAHA DX7が登場するのですが…。また、JUNO-60はMIDI以前のローランド独自の規格DCBを備えていました。
昭和59(1984)年の年明け、JUNOシリーズ初のMIDI対応機JUNO-106が登場します。ボコーダーの音声入力ソースのカセットテープをつぶやくで触れたキーボードマガジン昭和59年7月号の記事には、発売数ヶ月のJUNO-106の記事もあったのですが、その最後はJUNO-106が後々名機として記憶されるであろうという意味の予言で締めくくられました。そしてそれが完全に的中した事はご存知のとおりです。
2000ステップを記憶するDCBデジタルシーケンサーRoland JSQ-60は、JUNO-60の、そして6100ステップを記憶するMIDIデジタルシーケンサーRoland MSQ-100は、JUNO-106の筐体のカラーリングを継承していました。
その後、αJUNO-1/2を最後にJUNOシリーズは途絶していたのですが、平成16(2004)年、簡便なシンセサイザーエンジンを備えたデジタルシンセRS(これもアナログシンセ時代のローランドのストリングスキーボードの名なのですが…)シリーズの後継機として、JUNO-Dという名を冠したモデルが登場しました。
JUNO-Gは続くデジタルJUNOシリーズの2番機です。後にJUNO-Dにはオシレータ波形を増装したJUNO-D Limited Editionが登場しました。
JUNO-Gは、ワークステーション機Roland Fantom Xのリミテッドエディション機ともいうべきFantom Xaの仕様をほぼ踏襲して、同機を1年余という短命な存在にしたモデルともいえるかもしれません。














コードメモリーはFanton X/G同様、ベロシティで構成音の各要素の発声のタイミングをコントロールできたりします。様々な表現が発想できると思います。


画面はオシレータ波形を700 Triangle(mini KORG 700の三角波)にした状態です。残念ながら他のローランドシンセ同様、波形のリスト表示はできません。

オシレータ波形が少ない(Fantom Xaと同じ)事や鍵盤がアフタータッチを使えない(もちろん他機からの受信はできます)事を除けば、シンセサイザーエンジン部分のパラメータ構成はFantom Xと同じです。
OASYS以外のコルグのワークステーション機が、TRITON ExtremeでさえEGに関してタイムの弧の描き方を設定できない時代に、JUNO-Gではそれが可能でした。もちろん現行機KORG M50は、EGの各タイム個別にカーブの形を設定できるまでになっています。



Roland JUNO-G
http://www.roland.co.jp/products/jp/JUNO-G/
Roland Fantom Xa
http://www.roland.co.jp/products/mi/Fantom-Xa.html
implant4さんでRoland V-Synth 2.0を試奏させていただきました。まだ商品として陳列されているものではなく、調整待ちの個体です。
V-Synthシリーズ独特のバリフレーズやTVFを除くCOSMは試さなかったのですが、アナログモデリング音源部を中心にRoland V-Synth 2.0試奏記を書きたいと思います。全体をくまなく網羅するものではなく、私が関心を持った部分をかいつまんで記します。

V-Synthはたしか平成15(2003)年の春頃、発売されました。

ローランドのバリフレーズは、平成12(2000)年の年明けに登場したVP-9000に始めて搭載されました。音声データのピッチや時間、フォルマントを各々独立して変える事ができる、少ないサンプルポイントでも原音の趣きを広い音程で再現できる、といった特徴があります。
VP-9000が出た時、18時台の首都圏ローカルのニュースで採り上げられた事があります。ローランドはその番組のスポンサーでした。記者会見場のような所でローランドさんが説明をされているのですが、どうも一般の報道の人にはよく理解されていなかったように思いました。

V-Synthはそのバリフレーズが、始めてキーボードシンセサイザーに搭載されたモデルです。

V-Synthシリーズは、タッチビューの左側に演奏操作子、右側に音色設定操作子が配されています。

V-Synthの演奏性や外見上の特徴を為す操作子タイムトリップパッド。バリフレーズ使用時、威力を発揮します。

演奏操作子群。V-SynthシリーズのDビームコントローラーは、他のモデルとは形状が違います。使い方はおなじです。

ベンダーレバー。そばに後継機V-Synth GTやコルグのシンセのような二つのアサイナブルボタンはありません。


鍵盤。裏におもりが装着されていて、おそらくFantom X6/7等と同じものだと思います。それと今回、またまたアフタータッチを試すのを忘れてしまいました。

タッチビュー。パラメータ及びそのバリューの表示、そしてこれ自身が操作子にもなります。

音色設定操作子群全景。

バリューダイヤル、DEC/INCボタン、カーソルボタン。
バリューダイヤルは筐体から突き出ていて、まわりにギザギザがあり、指を穴に入れて大きく速く回す事にも指でつまむ形でバリューを1づつ増減する事にも使い易い。
タッチビューとこれらの操作子だけで音色設定が可能です。デジタルアクセスコントロールが好きな身には、手指をあちらこちらに移動させなければならないアナログシンセ型の操作子、つまり、


これらの操作子群を使う事の方が面倒くさい。

オシレータはアナログモデリング、バリフレーズを含むPCM、そして外部音声入力からなります。
画像はアナログモデリングで、三角波が指定された状態です。オシレータ波形の数は、KORG OASYSやKRONOSのアナログモデリング音源AL-1よりも多く、ランプ(RAMP:傾斜)波やRoland JP-8000、Roland SH-201、GAIA SH-01にもあるSUPER-SAWもあります。波形の選択は直接タッチビュー上の項目に触れて指定するのではなく、右の大きな上下矢印で押し送る形でです。

オシレータのピッチに関するページ。
ENVは、アンプにキーボードフォローが無い事以外は、ピッチ、パルスウィズ、COSM、アンプ等で共通仕様です。アナログシンセと同じ簡便なADSRタイプ、つまりスタートレベルとリリースレベルは0に、アタックレベルは最大値に固定されています。各タイムをベロシティでコントロールできるのですが、カーブはENV全体にしか設定できません。OASYSやM3、M50、KRONOSの場合、EGの各タイム毎にカーブを設定できます。
それと、これは現行機に至るローランドのデジタルシンセ全般にいえる事なのですが、キーボードフォローはアナログシンセのVCFにあるものと同様、変化の傾斜角を決める為だけのものです。しかしながらコルグのキーボードトラックの場合、4個所の傾斜を設定できるので、変化の山や谷を作る事までできます。
Roland V-Synthのバリフレーズの、音色の第1印象を決める部分の可能性の広大さに圧倒される一方、私がこだわる作り込みの部分で意外に深度が浅いなと感じられたのが、このENVとキーボードフォローの部分でした。こういう部分にこそ、奏者やマニピュレータの個性を織り込める素地があると思うのですけどね。この可能性の広さと意外に深度が浅いというギャップは、昨年の花形モデルRoland JUPITER-80にも感じました。

パルスウィズに関するページ。
Roland JP-8000/8080やKORG MS2000シリーズ、RADIAS、R3等でいうコントロール1、2に近いページです。V-SynthシリーズにはPWM専用のENVがあり、LFO変調と併せて設定する事ができます。
Roland SH-101やJUNO-6、KORG Mono/Polyしか持っていなかった頃、よくENV変調のPWMで撥弦系の音を作りました。
Roland JP-8000試奏記で、パルスウィズの変化の仕方がSH-101やJUPITER-6といったローランドアナログシンセのそれを継承しているとしたのですが、アナログモデリングシンセサイザーRoland SH-201の場合、V-Synthシリーズのアナログモデリング部を引き継いでいるように思います。
例えば、喜多郎mini KORG 700Sリードをシミュレーションする場合、V-Synthのアナログモデリング部のパルスウィズを-21に設定するのですが、それはSH-201の場合も同じです。SH-201はV-Synthシリーズのアナログモデリング部のパラメータを取捨選択する形で、設計されたのかもしれません。

マルチステップモジュレーター。たしかV-Synthのシステム2.0から付きました。
システムシンセサイザーRoland SYSTEM-100Mのアナログシーケンサー182 SEQUENCER、KORG SQ-10、あるいはアナログモデリングシンセKORG MS2000シリーズやRADIAS、R3のモッドシーケンスのような、径時変化や周期変化のソースとして使う機能です。4トラックで各々16ステップあります。
マルチステップモジュレーター再生時、現在どこのステップが実行中かはステップインジケーターが反転する形、そして各ステップの内容は、バリュー、つまみ型アイコン、ステップバーに棒グラフという形で表示されるのですが、このステップバーの部分を指で描く事もできます。発売前のV-Synth GTを試奏させていただいたおり、ローランドさんから教えていただいて驚きました。
径時変化を作り込みたい私にとって、V-SynthシリーズのENVがADSRというのは甚だ物足りないのですが、このマルチステップモジュレーターはそれを補ってくれる機能です。


リアパネル側。
フラグシップクラスはマルチティンバーが当たり前の時代に、ただただ単なるシンセ、しかし音色作りの広大な可能性を秘めたシンセが突如現れた、といった感のあるRoland V-Synth。
私のような思慮をもって作り込むタイプよりも、能動的にサンプリングや音声入力を繰り返して音色との偶発的な出会いを持ちたい向きの方が、このシンセの可能性を引き出せるのかもしれません。私にとって多くを任せる事はできないものの、しかし、手許に置いてじっくり使ってみたいシンセサイザーです。
Roland V-Synth Version 2
http://www.roland.co.jp/products/jp/V-Synth_Version_2/
V-Synthシリーズ独特のバリフレーズやTVFを除くCOSMは試さなかったのですが、アナログモデリング音源部を中心にRoland V-Synth 2.0試奏記を書きたいと思います。全体をくまなく網羅するものではなく、私が関心を持った部分をかいつまんで記します。


VP-9000が出た時、18時台の首都圏ローカルのニュースで採り上げられた事があります。ローランドはその番組のスポンサーでした。記者会見場のような所でローランドさんが説明をされているのですが、どうも一般の報道の人にはよく理解されていなかったように思いました。










バリューダイヤルは筐体から突き出ていて、まわりにギザギザがあり、指を穴に入れて大きく速く回す事にも指でつまむ形でバリューを1づつ増減する事にも使い易い。
タッチビューとこれらの操作子だけで音色設定が可能です。デジタルアクセスコントロールが好きな身には、手指をあちらこちらに移動させなければならないアナログシンセ型の操作子、つまり、



画像はアナログモデリングで、三角波が指定された状態です。オシレータ波形の数は、KORG OASYSやKRONOSのアナログモデリング音源AL-1よりも多く、ランプ(RAMP:傾斜)波やRoland JP-8000、Roland SH-201、GAIA SH-01にもあるSUPER-SAWもあります。波形の選択は直接タッチビュー上の項目に触れて指定するのではなく、右の大きな上下矢印で押し送る形でです。

ENVは、アンプにキーボードフォローが無い事以外は、ピッチ、パルスウィズ、COSM、アンプ等で共通仕様です。アナログシンセと同じ簡便なADSRタイプ、つまりスタートレベルとリリースレベルは0に、アタックレベルは最大値に固定されています。各タイムをベロシティでコントロールできるのですが、カーブはENV全体にしか設定できません。OASYSやM3、M50、KRONOSの場合、EGの各タイム毎にカーブを設定できます。
それと、これは現行機に至るローランドのデジタルシンセ全般にいえる事なのですが、キーボードフォローはアナログシンセのVCFにあるものと同様、変化の傾斜角を決める為だけのものです。しかしながらコルグのキーボードトラックの場合、4個所の傾斜を設定できるので、変化の山や谷を作る事までできます。
Roland V-Synthのバリフレーズの、音色の第1印象を決める部分の可能性の広大さに圧倒される一方、私がこだわる作り込みの部分で意外に深度が浅いなと感じられたのが、このENVとキーボードフォローの部分でした。こういう部分にこそ、奏者やマニピュレータの個性を織り込める素地があると思うのですけどね。この可能性の広さと意外に深度が浅いというギャップは、昨年の花形モデルRoland JUPITER-80にも感じました。

Roland JP-8000/8080やKORG MS2000シリーズ、RADIAS、R3等でいうコントロール1、2に近いページです。V-SynthシリーズにはPWM専用のENVがあり、LFO変調と併せて設定する事ができます。
Roland SH-101やJUNO-6、KORG Mono/Polyしか持っていなかった頃、よくENV変調のPWMで撥弦系の音を作りました。
Roland JP-8000試奏記で、パルスウィズの変化の仕方がSH-101やJUPITER-6といったローランドアナログシンセのそれを継承しているとしたのですが、アナログモデリングシンセサイザーRoland SH-201の場合、V-Synthシリーズのアナログモデリング部を引き継いでいるように思います。
例えば、喜多郎mini KORG 700Sリードをシミュレーションする場合、V-Synthのアナログモデリング部のパルスウィズを-21に設定するのですが、それはSH-201の場合も同じです。SH-201はV-Synthシリーズのアナログモデリング部のパラメータを取捨選択する形で、設計されたのかもしれません。

システムシンセサイザーRoland SYSTEM-100Mのアナログシーケンサー182 SEQUENCER、KORG SQ-10、あるいはアナログモデリングシンセKORG MS2000シリーズやRADIAS、R3のモッドシーケンスのような、径時変化や周期変化のソースとして使う機能です。4トラックで各々16ステップあります。
マルチステップモジュレーター再生時、現在どこのステップが実行中かはステップインジケーターが反転する形、そして各ステップの内容は、バリュー、つまみ型アイコン、ステップバーに棒グラフという形で表示されるのですが、このステップバーの部分を指で描く事もできます。発売前のV-Synth GTを試奏させていただいたおり、ローランドさんから教えていただいて驚きました。
径時変化を作り込みたい私にとって、V-SynthシリーズのENVがADSRというのは甚だ物足りないのですが、このマルチステップモジュレーターはそれを補ってくれる機能です。


フラグシップクラスはマルチティンバーが当たり前の時代に、ただただ単なるシンセ、しかし音色作りの広大な可能性を秘めたシンセが突如現れた、といった感のあるRoland V-Synth。
私のような思慮をもって作り込むタイプよりも、能動的にサンプリングや音声入力を繰り返して音色との偶発的な出会いを持ちたい向きの方が、このシンセの可能性を引き出せるのかもしれません。私にとって多くを任せる事はできないものの、しかし、手許に置いてじっくり使ってみたいシンセサイザーです。
Roland V-Synth Version 2
http://www.roland.co.jp/products/jp/V-Synth_Version_2/
以前、個展「このよいのよいん」を採り上げたおおしろ晃さんと、御歌頭さんの二人展が、ギャラリーバー苺(いちご)さんで催されます。

おおしろさんの出品作は、端切れをリサイクルしたブックカバー。誰かにとって不要となったものが作家さんのフィルターを通して昇華されている事、そして出来上がったものがデコラティブジャパン感を醸し出している等、ビオンボ堂の趣味趣向を著しくくすぐる成果物群です。作品、という形での制作ですが、本来の目的通りに使いたくなるブックカバーです。
御歌頭(おかず)さんは、主に甲冑をまとった武者や竜虎、鬼といったモチーフを、一見水墨画に見えるのですが、おそらくBKカラーの画材を用いて描かれています。お客さんの入っているスペースで一気呵成に描き上げる、所謂ライブペイントにも出演されています。私は10代の頃から合戦図屏風、つまり武者達のモブシーンが大好きなのですが、御歌頭さんの作品の武者のモチーフは単騎が基本のようです。

会期は来る平成24(2012)年2月10(金)から3月9日(金)。時間は午後6時から11時30分。定休日は日曜日及び祝祭日。バー店内のギャラリーでの催しなので1ドリンク1フードのご注文を…。
ギャラリーバー苺さんの住所は、大阪市中央区千日前1-7-7食堂園サンプラザビル2階。
絵描き御歌頭
http://www.geocities.jp/coolhobbyjp/

御歌頭(おかず)さんは、主に甲冑をまとった武者や竜虎、鬼といったモチーフを、一見水墨画に見えるのですが、おそらくBKカラーの画材を用いて描かれています。お客さんの入っているスペースで一気呵成に描き上げる、所謂ライブペイントにも出演されています。私は10代の頃から合戦図屏風、つまり武者達のモブシーンが大好きなのですが、御歌頭さんの作品の武者のモチーフは単騎が基本のようです。

ギャラリーバー苺さんの住所は、大阪市中央区千日前1-7-7食堂園サンプラザビル2階。
絵描き御歌頭
http://www.geocities.jp/coolhobbyjp/
「宇宙戦艦ヤマト復活篇ディレクターズカット」の音に続き、「宇宙戦艦ヤマト復活篇ディレクターズカット」の形です。「宇宙戦艦ヤマト復活篇」の形で触れなかった事も含めて書きます。
今回、感想はこの「宇宙戦艦ヤマト復活篇ディレクターズカット」の形の方に書きました。
追加された映像は、ストーリーの変更やエピソードの挿入に伴うものです。「宇宙戦艦ヤマト復活篇」でカットされたが故に説明がつかなかった面を補っているのですが、取捨選択を進めた結果、「宇宙戦艦ヤマト復活篇ディレクターズカット」の上映時間はむしろ短くなっています。ブラッシュアップは、完全に良い方向へ働いたと思います。
「宇宙戦艦ヤマト復活篇」では、コスモパルサー隊のエース小林が、途中から旧ブラックタイガーチームの制服を着ている事に対する説明が無かったのですが、「宇宙戦艦ヤマト復活篇ディレクターズカット」では古代艦長から託される場面が描かれています。
また、第1次移民船団の旗艦ブルーノアの唯一の生き残りで、古代からヤマト戦闘班長に起用された上条が、戦闘中、時に情緒的な言動をする事に対する理由として、彼がブルーノアで深手を負い未だ治療中である事と、全滅した第1次移民船団の中に家族がいた事を明かす場面がありました。
「宇宙戦艦ヤマト復活篇」/「宇宙戦艦ヤマト復活篇ディレクターズカット」の区別の無い話なのですが、人物のデザインやアニメーションとしての動きについて記します。
この作品の総作画監督、湖川友謙(こがわ・とものり)さんは、「さらば宇宙戦艦ヤマト」「THE IDEON(イデオン)<接触編><発動編>」の作画監督でもあります。

私は特に「IDEON」の絵柄が好きだったのですが、人物の顔を下から仰ぎ見た構図の絵に特徴があって、そのアングルの時「さらば宇宙戦艦ヤマト」の古代進と「IDEON」の主人公ユウキ・コスモが、酷似する事がありました。
「宇宙戦艦ヤマト復活篇」ではタッチがかなり変わっているものの、人物の顔を仰ぐアングルの時、相変わらず特徴が出ていました。穿った見方かもしれませんが、かつてそう評された事をご本人かアニメーターが憶えていて、あえてその事を強調したのかなとさえ思えました。
私は中学高校の美術の時間に人の顔を描く時、よく湖川さんの特徴を真似したのですが、美術の先生から、なぜおまえは凹凸や陰影を強調したがるのかと聞かれました。ちなみに金田伊功(かなだ・よしのり)さんの真似をすると、中学の美術教師からはなぜおまえの描く物は歪んでいるのかと聞かれたのですが、高校では「カネダイコーみたいやな」と言われました。
佐渡酒造先生とその愛猫ミーくん、アナライザーのデザインは、松本零士さんの残り香です。終盤に登場する同じネコ科のライオンは老若オスメス?の別なく写実的なのですが、ミーくんは松本漫画そのままです。
今はもうアニメーション関係の品々、さまざま来るで紹介したようなセル画の類いを使う事は無いのでしょうけど、「宇宙戦艦ヤマト復活篇」「宇宙戦艦ヤマト復活篇ディレクターズカット」は、メカの部分はあらかたCGだったのですが、人物は一コマ一コマ描いていく文字通りのアニメーションだったと思います。人物による派手なアクションシーンが無いというのもあるとは思うのですが、アニメーションそのものの見せ場は無かったように思いました。
「宇宙戦艦ヤマト2」のデスラー艦内で、古代進とデスラー総統が対峙する場面、デスラーが銃をかまえ、古代に向けるポーズや動きに関して、子供心に上手く描く人がいるものだなと感動した記憶があります。
また、「ヤマトよ永遠に」の、火災が発生している有人機基地で、森雪が古代に指令書を読み上げる場面、書類を開いてからまず一瞬目を書面に落として読み上げるのですが、森雪の顔の動きや二人を照らす炎の照り返しが丁寧に描き込まれていました。
どちらの場面も決して派手な動きがあるわけではないのですが、登場人物の、否、それを描いたアニメーターの演技が素晴らしかった。
このCG全盛の時代にはもう、一コマ一コマ描いて動きを表現する等という事に興味を持つ人が、少なくなってきているのかもしれません。かつて私がアニメーションを観る事に感じた醍醐味の一つが、喪失されつつあるのかなと思いました。
メカに関して、ラストシーンの移民船団とともに行動する艦艇の中に、「宇宙戦艦ヤマト復活篇ディレクターズカット」のみに登場するものがいくつか視認できました。第1作目の旧地球艦隊に似たもの、アンドロメダ(「宇宙戦艦ヤマト2」では10隻以上建造されている)やアリゾナ型の生き残りとおぼしき艦影、そしてアメリカでいえばエアフォース1のような政府機能を持ったブルーノア型の巨大な宇宙船や、ヤマトの同型艦ムサシも登場します。
パンフレットには、ストーリーボードというのでしょうか、本格的な制作開始以前に描かれたと思われるイラストがいくつか掲載されているのですが、その中にはヤマトとその同型艦2隻が、横1列に並航しているものがありました。1隻は艦橋が大きく、波動砲が閉じられた艦で、劇中ムサシとして登場しました。もう1隻はほぼヤマトと同じなのですが、後甲板に第3主砲、第2副砲の代わりに、艦体から大きくせり出す構造物を背負った姿です。「宇宙戦艦ヤマト2」に登場した、主力戦艦の後部を飛行甲板にしたのと同じ戦闘空母かもしれません。ちなみに太平洋戦争中、伊勢、日向という後甲板を飛行甲板にした航空戦艦が実在しました。
ラストシーン、地球を離れる事を肯んじない人々をのぞいて、最後の移民船団や残存する地球艦隊を見送った後、宇宙戦艦ヤマトはある別の任務を遂行する為に、独行を開始します。次作があるとしたら、これが伏線だと思います。
私はかつて十三湊の勃興と衰亡で、
「宇宙戦艦ヤマト復活篇ディレクターズカット」は、「宇宙戦艦ヤマト復活篇」での牽強付会な感のある成り行きによるハッピーエンドではなく、あまりにも大きなものを失いながら、しかし、地球人類が新たな未来を築こうとする姿に、むしろ希望を感じさせられるラストでした。
もちろん地球に残った人々(修行僧やジョー・ザビヌルさんに酷似したアルプスの農夫等)や、移民船が去った後の、つかの間ののびのびとした大自然を描いた場面もありました。
アフリカの平原で、本来、互いにシビアな関係にあるはずの動物たちが、同じ方向を向いて一斉に歓喜の声を上げる場面、人類に対する痛烈な皮肉が込められていると思います。
未曾有の災厄と自らの過ちによって、今、大きく傷ついた国土に住む我々は、それでもスクリーン上の23世紀の人類よりはるかに少ないハンディキャップで、再チャレンジの機会を与えられていると思います。
「宇宙戦艦ヤマト復活篇」の形で、第1作が放映された昭和49(1974)年頃に流行ったゲイラカイトが、「宇宙戦艦ヤマト復活篇」公開中の平成22(2010)年正月、淀川河川敷で揚げられているのを見て、時々誰かが思い出したようにアメリカから来たこの凧を揚げるのと同様、「宇宙戦艦ヤマト」はこれからも作られていくのだろう、と記しました。

私としては、一人ではなく、言葉を交わす事の無い大勢の人々と一緒にスクリーンを見つめる形で、これからの「宇宙戦艦ヤマト」を観る事ができたらと思います。
「宇宙戦艦ヤマト2199 第一章 遥かなる旅立ち」を観ましたに続きます。
今回、感想はこの「宇宙戦艦ヤマト復活篇ディレクターズカット」の形の方に書きました。
追加された映像は、ストーリーの変更やエピソードの挿入に伴うものです。「宇宙戦艦ヤマト復活篇」でカットされたが故に説明がつかなかった面を補っているのですが、取捨選択を進めた結果、「宇宙戦艦ヤマト復活篇ディレクターズカット」の上映時間はむしろ短くなっています。ブラッシュアップは、完全に良い方向へ働いたと思います。
「宇宙戦艦ヤマト復活篇」では、コスモパルサー隊のエース小林が、途中から旧ブラックタイガーチームの制服を着ている事に対する説明が無かったのですが、「宇宙戦艦ヤマト復活篇ディレクターズカット」では古代艦長から託される場面が描かれています。
また、第1次移民船団の旗艦ブルーノアの唯一の生き残りで、古代からヤマト戦闘班長に起用された上条が、戦闘中、時に情緒的な言動をする事に対する理由として、彼がブルーノアで深手を負い未だ治療中である事と、全滅した第1次移民船団の中に家族がいた事を明かす場面がありました。
「宇宙戦艦ヤマト復活篇」/「宇宙戦艦ヤマト復活篇ディレクターズカット」の区別の無い話なのですが、人物のデザインやアニメーションとしての動きについて記します。
この作品の総作画監督、湖川友謙(こがわ・とものり)さんは、「さらば宇宙戦艦ヤマト」「THE IDEON(イデオン)<接触編><発動編>」の作画監督でもあります。

「宇宙戦艦ヤマト復活篇」ではタッチがかなり変わっているものの、人物の顔を仰ぐアングルの時、相変わらず特徴が出ていました。穿った見方かもしれませんが、かつてそう評された事をご本人かアニメーターが憶えていて、あえてその事を強調したのかなとさえ思えました。
私は中学高校の美術の時間に人の顔を描く時、よく湖川さんの特徴を真似したのですが、美術の先生から、なぜおまえは凹凸や陰影を強調したがるのかと聞かれました。ちなみに金田伊功(かなだ・よしのり)さんの真似をすると、中学の美術教師からはなぜおまえの描く物は歪んでいるのかと聞かれたのですが、高校では「カネダイコーみたいやな」と言われました。
佐渡酒造先生とその愛猫ミーくん、アナライザーのデザインは、松本零士さんの残り香です。終盤に登場する同じネコ科のライオンは老若オスメス?の別なく写実的なのですが、ミーくんは松本漫画そのままです。
今はもうアニメーション関係の品々、さまざま来るで紹介したようなセル画の類いを使う事は無いのでしょうけど、「宇宙戦艦ヤマト復活篇」「宇宙戦艦ヤマト復活篇ディレクターズカット」は、メカの部分はあらかたCGだったのですが、人物は一コマ一コマ描いていく文字通りのアニメーションだったと思います。人物による派手なアクションシーンが無いというのもあるとは思うのですが、アニメーションそのものの見せ場は無かったように思いました。
「宇宙戦艦ヤマト2」のデスラー艦内で、古代進とデスラー総統が対峙する場面、デスラーが銃をかまえ、古代に向けるポーズや動きに関して、子供心に上手く描く人がいるものだなと感動した記憶があります。
また、「ヤマトよ永遠に」の、火災が発生している有人機基地で、森雪が古代に指令書を読み上げる場面、書類を開いてからまず一瞬目を書面に落として読み上げるのですが、森雪の顔の動きや二人を照らす炎の照り返しが丁寧に描き込まれていました。
どちらの場面も決して派手な動きがあるわけではないのですが、登場人物の、否、それを描いたアニメーターの演技が素晴らしかった。
このCG全盛の時代にはもう、一コマ一コマ描いて動きを表現する等という事に興味を持つ人が、少なくなってきているのかもしれません。かつて私がアニメーションを観る事に感じた醍醐味の一つが、喪失されつつあるのかなと思いました。
メカに関して、ラストシーンの移民船団とともに行動する艦艇の中に、「宇宙戦艦ヤマト復活篇ディレクターズカット」のみに登場するものがいくつか視認できました。第1作目の旧地球艦隊に似たもの、アンドロメダ(「宇宙戦艦ヤマト2」では10隻以上建造されている)やアリゾナ型の生き残りとおぼしき艦影、そしてアメリカでいえばエアフォース1のような政府機能を持ったブルーノア型の巨大な宇宙船や、ヤマトの同型艦ムサシも登場します。
パンフレットには、ストーリーボードというのでしょうか、本格的な制作開始以前に描かれたと思われるイラストがいくつか掲載されているのですが、その中にはヤマトとその同型艦2隻が、横1列に並航しているものがありました。1隻は艦橋が大きく、波動砲が閉じられた艦で、劇中ムサシとして登場しました。もう1隻はほぼヤマトと同じなのですが、後甲板に第3主砲、第2副砲の代わりに、艦体から大きくせり出す構造物を背負った姿です。「宇宙戦艦ヤマト2」に登場した、主力戦艦の後部を飛行甲板にしたのと同じ戦闘空母かもしれません。ちなみに太平洋戦争中、伊勢、日向という後甲板を飛行甲板にした航空戦艦が実在しました。
ラストシーン、地球を離れる事を肯んじない人々をのぞいて、最後の移民船団や残存する地球艦隊を見送った後、宇宙戦艦ヤマトはある別の任務を遂行する為に、独行を開始します。次作があるとしたら、これが伏線だと思います。
私はかつて十三湊の勃興と衰亡で、
彼等が十三湖を後にしてどこへ行ったか定かではありません。彼等のその後の運命と、縄文中期に縄文時代で最も利便性に富んだ施設群を放棄した三内丸山の縄文人、そして小説「日本沈没」の中の、国土を海中に失い、世界へ散って行った日本人…。私にはこの3者の運命がだぶります。彼等の“The day after”が気になって仕方がありません。と書きました。
「宇宙戦艦ヤマト復活篇ディレクターズカット」は、「宇宙戦艦ヤマト復活篇」での牽強付会な感のある成り行きによるハッピーエンドではなく、あまりにも大きなものを失いながら、しかし、地球人類が新たな未来を築こうとする姿に、むしろ希望を感じさせられるラストでした。
もちろん地球に残った人々(修行僧やジョー・ザビヌルさんに酷似したアルプスの農夫等)や、移民船が去った後の、つかの間ののびのびとした大自然を描いた場面もありました。
アフリカの平原で、本来、互いにシビアな関係にあるはずの動物たちが、同じ方向を向いて一斉に歓喜の声を上げる場面、人類に対する痛烈な皮肉が込められていると思います。
未曾有の災厄と自らの過ちによって、今、大きく傷ついた国土に住む我々は、それでもスクリーン上の23世紀の人類よりはるかに少ないハンディキャップで、再チャレンジの機会を与えられていると思います。
「宇宙戦艦ヤマト復活篇」の形で、第1作が放映された昭和49(1974)年頃に流行ったゲイラカイトが、「宇宙戦艦ヤマト復活篇」公開中の平成22(2010)年正月、淀川河川敷で揚げられているのを見て、時々誰かが思い出したようにアメリカから来たこの凧を揚げるのと同様、「宇宙戦艦ヤマト」はこれからも作られていくのだろう、と記しました。

「宇宙戦艦ヤマト2199 第一章 遥かなる旅立ち」を観ましたに続きます。
「ポータサウンドファン」(P.S.FAN)は、かつてヤマハが発行していた隔月刊の雑誌です。「ポータサウンドファン」No.18は、昭和59(1984)年6月に発行されました。

表紙。ゴーカートにポータサウンドYAMAHA MK-100が乗っています。モデルさんは牧野記代子さん。
本のサイズや値段、楽譜の占める割合が多い事等、同じ時期のキーボードランドとの共通点があります。
タイトルは 「ポータサウンドファン」なのですが、表紙の「For」の所には、Porta Sound、MY BAND、PORTATONE、DX9、7、SYNTHESIZER、MSX COMPUTERとあります。

目次。
記事は、譜面こそポータサウンド向けに、同機のリズムのカテゴリーやテンポ、キートランスポーズの指定がされているのですが、その他は当時電子楽器界を席巻していたヤマハXシリーズの紹介ないし入門記事が多く、例えばFM音源シンセの音色作りの記事は、今読んでみて上手く説明できているなと思いました。メーカー発行の雑誌であり、ホームキーボードから来た人をデジタルシンセやDTM(当時は無い言葉です)に誘導しているのかなと思えます。
楽譜は「歌謡曲ベストヒット」に、「時間の国のアリス」(松田聖子)、「哀しくてジェラシー」(チェッカーズ)、「サザンウィンド」(中森明菜)、「君が、嘘をついた」(オフコース)、「君たちキウィ・パパイア・マンゴーだね。」(中原めいこ)、「ふたりの愛ランド」(石川優子&チャゲ)、「ひとり」(中島みゆき)、「孤独なハート」(長渕剛)、「真夜中すぎの恋」(安全地帯)、「気ままにREFLECTION」(杏里)、「渚のはいから人魚」(小泉今日子)、「少女」(村下孝蔵)、「誘惑光線・クラッ!」(早見優)、「もう一度」(竹内まりや)、「その気×××」(大沢誉志幸)、「オーシャンブルー」(稲垣順一)。
「アンサンブルアレンジ」は、「ギザギザハートの子守唄」(チェッカーズ)、「オネスティ」(ビリー・ジョエル)。
「映画主題歌特集」は、「愛情物語」(原田知世)、「メインテーマ」(薬師丸ひろ子)、「夏服のイブ」(松田聖子)、「晴れ、時々殺人」(渡辺典子)。
特集大滝泳一「EACH TIME」は、「魔法の瞳」「木の葉のスケッチ」「ガラス壜の中の船」。
「ポップスヒット」は、「ジャンプ」(ヴァン・ヘイレン)、「ロックバルーンは99」(NENA)、「ハイスクールはダンステリア」(シンディ・ローパー)、「フットルース」(ケニー・ロギンス)。

ステレオコンポYAMAHA CITY-CORE。既にCDデッキが登場しています。私がCDプレイヤーを手にしたのは、平成元年3月末の消費税施行前夜でした。

特集「未踏のデジタルミュージックゾーンの主役たち!!」。YAMAHA Xシリーズの特集。この頃ヤマハは「X DAY」というイベントを組んでいました。この特集はそれにちなんだものです。

デジタルシンセサイザーYAMAHA DX7とMSXコンピュータCX5。

PCMドラムマシンYAMAHA RXとMIDIショルダーキーボードKX5。
PCMドラムマシンといえばLINN LM-1しか知らなかった身にRX11/15は、何よりも価格に驚かされました。この記事からちょうど10年後、RX11を購入したのですが、○千円台でした。ベロシティは無く、アクセントを付けられるのみでしたが、KORG DDM-110(ドラムセット)/220(ラテンパーカッション)とともに使っていました。
KX5はかなり長い間製造が続いたロングセラー機です。かつてライブの度にこれを派手にぶち壊していたヒットメーカーがいました。また、ライブでこれを弾く女性アイドルがいたそうです。私はおニャン子クラブの誰かが、ショルダーキーボードKORG RK-100(白)を抱えているグラビアは見た事があります。

MIDIシーケンサーYAMAHA QX1。リアルタイム入力の分解能368、入力ステップ数80,000、MIDI OUT8。分解能1000を誇るニューイングランドデジタルのシンクラビアをのぞけば、分解能480のApple Macintosh用のシーケンスソフトMOTU PERFORMERの登場まで、QX1が最も優れた分解能を持ったMIDIシーケンサーでした。
喜多郎さんのステージでの「地球創成」(アルバム「飛雲」)のオプショナルリピートのフルート(YAMAHA DX7)や「飛翼」(アルバム「天空」)の打ち込みパートはこれが使われました。また、一時期姫神はMTRを使った多重録音ではなく、2台のQX1を中心にFM音源モジュールTX816等を2台づつシンメトリーに構成したシステムで制作していました(「北天幻想」制作の新機軸参照)。
平成9(1997)年、東京の楽器店でQX1を見つけたのですが、1万円をかなり下回ったお値段でした。外部記憶メディアである5.25インチフロッピーディスクが、既に手に入りづらい状態だったような記憶があります。


「DX7ヴォイスデータプログラミングテクニック」。この頃、シンセサイザーメーカー様はまだ、固有の音を持たない、というシンセサイザーのセオリーを信じていらしたと思うのですが、使う側は既に匙を投げ始めていた感があります。


MSXパソコンYAMAHA CX5のFM音源の講座。


ホームキーボードの雑誌とあなどるなかれ、周辺機器の自作コーナー。

巻末にかつてヤマハが主催したDXクラブの案内があります。機関誌が発行されたりサポートを受けたりできたようです。私はKCM(コルグサークルメンバー)のサウンドメイクアップやローランドのMCクラブニュースは読んでいましたが、DXクラブの機関誌は見た事がありません。

YAMAHA Xシリーズの広告。

ポータサウンドYAMAHA MK-100。

本のサイズや値段、楽譜の占める割合が多い事等、同じ時期のキーボードランドとの共通点があります。
タイトルは 「ポータサウンドファン」なのですが、表紙の「For」の所には、Porta Sound、MY BAND、PORTATONE、DX9、7、SYNTHESIZER、MSX COMPUTERとあります。

記事は、譜面こそポータサウンド向けに、同機のリズムのカテゴリーやテンポ、キートランスポーズの指定がされているのですが、その他は当時電子楽器界を席巻していたヤマハXシリーズの紹介ないし入門記事が多く、例えばFM音源シンセの音色作りの記事は、今読んでみて上手く説明できているなと思いました。メーカー発行の雑誌であり、ホームキーボードから来た人をデジタルシンセやDTM(当時は無い言葉です)に誘導しているのかなと思えます。
楽譜は「歌謡曲ベストヒット」に、「時間の国のアリス」(松田聖子)、「哀しくてジェラシー」(チェッカーズ)、「サザンウィンド」(中森明菜)、「君が、嘘をついた」(オフコース)、「君たちキウィ・パパイア・マンゴーだね。」(中原めいこ)、「ふたりの愛ランド」(石川優子&チャゲ)、「ひとり」(中島みゆき)、「孤独なハート」(長渕剛)、「真夜中すぎの恋」(安全地帯)、「気ままにREFLECTION」(杏里)、「渚のはいから人魚」(小泉今日子)、「少女」(村下孝蔵)、「誘惑光線・クラッ!」(早見優)、「もう一度」(竹内まりや)、「その気×××」(大沢誉志幸)、「オーシャンブルー」(稲垣順一)。
「アンサンブルアレンジ」は、「ギザギザハートの子守唄」(チェッカーズ)、「オネスティ」(ビリー・ジョエル)。
「映画主題歌特集」は、「愛情物語」(原田知世)、「メインテーマ」(薬師丸ひろ子)、「夏服のイブ」(松田聖子)、「晴れ、時々殺人」(渡辺典子)。
特集大滝泳一「EACH TIME」は、「魔法の瞳」「木の葉のスケッチ」「ガラス壜の中の船」。
「ポップスヒット」は、「ジャンプ」(ヴァン・ヘイレン)、「ロックバルーンは99」(NENA)、「ハイスクールはダンステリア」(シンディ・ローパー)、「フットルース」(ケニー・ロギンス)。




PCMドラムマシンといえばLINN LM-1しか知らなかった身にRX11/15は、何よりも価格に驚かされました。この記事からちょうど10年後、RX11を購入したのですが、○千円台でした。ベロシティは無く、アクセントを付けられるのみでしたが、KORG DDM-110(ドラムセット)/220(ラテンパーカッション)とともに使っていました。
KX5はかなり長い間製造が続いたロングセラー機です。かつてライブの度にこれを派手にぶち壊していたヒットメーカーがいました。また、ライブでこれを弾く女性アイドルがいたそうです。私はおニャン子クラブの誰かが、ショルダーキーボードKORG RK-100(白)を抱えているグラビアは見た事があります。

喜多郎さんのステージでの「地球創成」(アルバム「飛雲」)のオプショナルリピートのフルート(YAMAHA DX7)や「飛翼」(アルバム「天空」)の打ち込みパートはこれが使われました。また、一時期姫神はMTRを使った多重録音ではなく、2台のQX1を中心にFM音源モジュールTX816等を2台づつシンメトリーに構成したシステムで制作していました(「北天幻想」制作の新機軸参照)。
平成9(1997)年、東京の楽器店でQX1を見つけたのですが、1万円をかなり下回ったお値段でした。外部記憶メディアである5.25インチフロッピーディスクが、既に手に入りづらい状態だったような記憶があります。









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