YAMAHA DX7ソノシートをつぶやく

 昭和58(1983)年のキーボードマガジン(何月号だったか忘れました)の付録ソノシート「DX7 SOUND SENSATION 脅威の“音”の世界」から始まった、さまざまなつぶやきです。


井上鑑さんが演奏したキーボードマガジン付録ソノシート「DX7 SOUND SENSATION 脅威の“音”の世界」は、たしか1983年の今頃だったような…。これを聴かなかったらシンセなんかやめてました。

「DX7~脅威の“音”の世界」は1台のDX7で作った事が強調されていた。B面1曲目のサックス、ビブラホン、ウッドベース、ドラムの音が特に良かった。風合いが各々違っていて1台で作ったとは思えなかった。

EGがレイトとレベル、キーボードスケーリング、ベロシティ、アフタータッチ…音に対する発想が緻密な人間にとってそれを受け止めてくれる、本当に使える楽器としてのシンセが、やっと出て来たなと…。

前年2月の冨田勲さんの「大峡谷」のベルやハーモニカは同じFM音源のシンクラビアIIだったけど価格が700万円くらい。DX7はKORG Poly6やRoland JUNO-60と同じ24万余。

KORG KRONOSの九つの音源の一つMOD-7は、DXでやっていたような事を含める形で凌駕しているらしいけど、多分私がMOD-7で発想する事はDXでやれてしまうような気がする。

「このシンセはどんな音がするのかという質問は、このバーベキューセットはどんな味がするのかと言っているのと同じ事」という冨田勲さんの言葉を、私に対してほとほとくだらない質問を投げかけてくる連中に聞かせたいものです。

オルタネートモジュレーションだのバーチャルパッチだのモッドシーケンスだのの用法は、奏者やマニピュレータの発想や表現の範疇に入る事であって、気安く教えてくれ等と言ってもらいたくないものです。

2つのモデルの違いなんて、仕様と外観を見比べればおおよその見当が付く事なのに、なんでわざわざ人に尋ねるのでしょうかね。とにかく今、シンセなりDTMなりに関わっている人間の思慮の怠惰は目を覆うばかりです。

DX7の功罪の罪として、ユーザーを怠惰にしたというメーカーの人の言葉が雑誌に載った事があったが、固有の音を持たないというシンセのセオリーをなし崩しにしたのは、メーカーではなくユーザーです。

minimoog(ミニモーグ)を前にアナログシンセ嫌いの私に向かって「独特の妙味があるじゃないか」と言いながら、世間が言うミニ“ム”ーグの音を聴かせてくれた人間が11人いました。これプリセット音鳴らすのと同じ事じゃないのかね。


追記。

 当時既にシンセサイザーをはじめていた人の多くが、この付録ソノシートで初めてYAMAHA DX7の音を耳にしたのではないでしょうか。

a0060052_14255980.jpg


a0060052_14263990.jpg


a0060052_14271824.jpg


 実際のソノシートの袋の色は、この画像よりもDX7のボタンの緑色に近いのですが、なぜか上手くその色を撮る事ができませんでした。

 私は1曲目の「KANE,FEMALE VOICE」からこれまで店頭で触って来た内外のアナログシンセがガラクタにしか思えなくなりました。この二つの音だけで、自分が狙ってアナログでは果たせていない効果を完璧に出せていたからです。4曲目はカミーユ・サン=サーンスの「白鳥」(組曲「動物の謝肉祭」第13曲)をハープとチェロの音色で弾いたものなのですが、前者の強弱や後者の「グーン」という弦を擦る感じが良かった。

 FEMALE VOICEは喜多郎mini KORG 700Sリードで、KAZAN-BAKUHATUはノイズの効用で既に触れています。

 EGがADSRではなくレイトとレベル、何の為についているのか首をかしげたアナログシンセのVCFのキーボードトラックなんぞではなく、鍵盤の位置で音色変化をつけられるキーボード(レベル/レイト)スケーリング。

 鍵盤を弾く強弱(実際は鍵盤を押し下げる速さ)で音に変化をつけられるキーベロシティセンシティビティや鍵盤を押し込むアフタータッチ等、奏者やマニピュレータが演奏中に音色に同変化をつけるかのアプローチの手段が格段に増えた事。

 そしてなにより、変えれば変えた分だけその通りに変化してくれる各パラメーターの素直さ…。この辺、なまじ今日名機といわれているモデルほど無惨なものばかりのアナログシンセとは大違いでした。DX7が出てくるまで、軽重はあれ本当にどれもこれもイライラさせられました。私が最初に手にしたのがRoland SH-101だった理由とも関わる事柄です。

 “バーベキューセット”のお話は、冨田勲さんのアルバム「月の光」のライナーノーツに書いてありました。同じく冨田さんのお言葉「シンセサイザーは音のパレット」と併せて、あの頃、胸に響きました。“固有の音を持たない”“自分の音を作り演奏する事ができる”は、今日に至るまで私のシンセサイザー使用の動機です。

 シンセサイザーに関して見ず知らずの人間から、ぶしつけな質問を投げかけられる事が本当に多い。「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥」などという言葉を流布するのは、もう止めにしてもらいたいものです。なぜなら、ものを尋ねる事を恥じ入るという感情は、既に実態に即していないからです。むしろ、「世間には質問されたがってる人間が満ちあふれていて、自分はその欲求に応えてやっているのだ」とでも言いたげな者に数多遭遇しています。

 仕様に関する事柄はメーカーへ、そして用法に関する事柄は自分の胸に聞いてください。この機能を使って自分が何をすればいいのか分らないというのは、その機能を使う資格が無いという事です。

 DX7は実質的にプログラマブルシンセの一般化のはしりではあると思います。しかしながら今日の一部廉価機みたいにパソコンを使わないと音を作る事ができないといった代物ではなく、作りたい人に対するエディットの扉は開け放たれていました。音を作らなくなったのはあくまで使う側の問題だと思います。

 それでもYAMAHA DX7、Roland D-50、KORG M1の頃、音色は商品であり、カネを出してそれらを手にするという事を受け入れるしおらしさが、使う側にはありました。現代はもうメーカーからダウンロードするだけです。しかしながら、値段を下げれば下げるほど、それを使う側の民度は確実に下がります。

 今シンセをやっている人間が、自分では作る事ができないのを棚に上げて、いかに音色を軽く考えているかを、私はことあるごとに思い知らされています。

 DX7の電気ピアノやKORG M1のUniverseやLore、ムチのプリセット音等を示して、独特の個性があるという人は多いのですが、皆で仲良くそれらの音を使う事が、はたして個性的な表現行為なのでしょうかね。


平成27(2015)年6月11日追記。

 動画投稿サイトに、DX7 SOUND SENSATION 驚異の”音”の世界の音声がアップされています。

DX7 SOUND SENSATION 驚異の”音”の世界 SIDE:A

DX7 SOUND SENSATION 驚異の”音”の世界 SIDE:B

[PR]
by manewyemong | 2011-04-29 11:08 | シンセワールド | Comments(0)