平成23年十三夜、天満橋上空の月

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 毎年十三夜、私は姫神の「月のあかりはしみわたり」(アルバム「北天幻想」より)「砂山・十三夜」(アルバム「風の伝説」より)を聴きながら、文治5(1189)年の十三夜に詠まれた、ある歌の事を思い出します。

 以下、「月のあかりはしみわたり」からの引用です。


文治5年7月から9月にかけて源頼朝が起こした奥州征伐によって、奥州藤原氏は滅びました。

 当時、平泉にあった無量光院の助公なる僧は、四代泰衡のあまりにも無惨な死の報に接して、こんな歌を詠みました。

 昔にも あらず成る夜の しるしには 今夜の月も 曇りぬるかな

 中尊寺の月見坂で詠んだそうです。

 この僧が泰衡の悲報を知ったのは同年9月13日(旧暦)。その日は明月が多い事で知られる十三夜でしたが、月には雲が掛かってよく見えなかったそうです。「月も曇りぬ」とは泰衡の死の意でしょう。

 また、仏教において明月は悟りの象徴だそうです。この僧は歌の中で自らの内なる明月にも雲を掛ける事で、聖職者としてではなく一人の奥州人として、主(あるじ)の非業の死を悼んだのかもしれません。

 この僧は奥州征伐の翌年、謀反に加担した容疑で鎌倉へ送られ、梶原景時の取り調べを受けるのですが、その折、容疑を否認しつつもこの歌を示し、滅ぼされた奥州藤原氏への思慕を隠そうとはしませんでした。梶原景時も、そしてこの事を聞いた源頼朝も感じ入り、この僧をとがめず奥州へ帰したそうです。
 

 平成23(2011)年10月9日、今宵はその822年後の十三夜です。

 文治5年の十三夜とは違い、月に雲はかかっていませんが、今年、未曾有の災厄が見舞った彼の地の人々の心を、この月の光が多少なりとも慰撫してくれる事を祈ります。

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by manewyemong | 2011-10-09 21:18 | | Comments(0)