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平成24年6月9日の仰山流笹崎の鹿踊りをつぶやく

 平成24(2012)年6月9日吹田市万博記念公園内国立民族学博物館講堂、10日神戸市JR新長田駅前若松公園鉄人28号広場で開かれた、岩手県大船渡市仰山流笹崎鹿踊保存会の鹿踊りに関する、6月6日から11日にかけてのつぶやきを集めました。


「岩手の伝統芸能鹿踊(ししおどり)6月に神戸で復活」 http://www.kobe-np.co.jp/news/kobe/0005064616.shtml 「津波被害を受けた大船渡市で鹿踊を受け継ぐ仰山流笹崎鹿踊保存会が6月10日、JR新長田駅前の若松公園鉄人28号広場で、復活の踊りを披露する」

鹿踊りには踊り手と楽手が別のものと踊り手自らが太鼓を打ち鳴らすものとがあるのですが、今回の仰山流笹崎鹿踊は後者です。1988年奈良シルクロード博の東大寺大仏殿前での芸能山城組の演目「獅子幻伝」で踊られた鹿踊りは、私の記憶に間違いが無ければこの仰山流だったと思います。

今回の鹿踊りは6月9日(土)14時〜16時半、国立民族学博物館玄関前広場でも催されます。「研究公演 忘れない絆、絶やさない伝統―震災復興と文化継承を願って」 http://www.minpaku.ac.jp/museum/event/slp/performance120609_10

さきほどつぶやいた東大寺大仏殿前での芸能山城組の「獅子幻伝」について記すと、バリ島のバロン(獅子)や魔女ランダ、二柱の黄金の女神、愛媛県宮脇の獅子、そして岩手県の鹿踊り等が登場し、最後はバリ島の楽器群と鹿踊りの太鼓が鳴る中、総出の群舞という素晴らしい演目でした。

その「獅子幻伝」の中の鹿踊りは、カップルの鹿に嫉妬した2頭の牡鹿が雌鹿を隠し、探しに来た牡鹿を追い払うのですが、やがて仲間が加勢してめでたしめでたしという内容でした。太鼓を打ち鳴らす鹿の踊り手がしゃがんで片足を延ばしたり引っ込めたりする所作、柔軟な体が必要だと思います。

国立民族学博物館は、1981年秋、中学2年の遠足で知りました。展示の多さ、多彩さ、迫力に圧倒され、以後、自転車で通うようになりました。1996年の縄文まほろば博で展示された縄文語の文例集はここの教授によるものですが、その一部が姫神の「神々の詩」の歌詞になりました。

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 先ほど国立民族学博物館講堂で披露された岩手県大船渡市仰山流笹崎鹿踊保存会の鹿踊り。踊り手が太鼓を打つだけでなく唄も入ります。勇壮、華麗、そしてデコラティブジャパンな踊りでした。

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 仰山流笹崎の鹿踊りの復活の場が、地元岩手県大船渡市ではなく民博になったのは、かの地が未だ被災地であるという現実があります。それにしても一切を津波に流されたにも関わらず、関係者の皆さんの復活の為の長足の尽力に頭が下がります。

「岩手・大船渡の鹿踊が復活 大阪・民博で保存会が公演」 http://sankei.jp.msn.com/life/news/120609/trd12060920540011-n1.htm (MSN産経ニュースより)

1990年代半ば、縄文文化を特集したTV番組で小松左京が、狩猟民族の踊りは足、農耕系は手が踊りのメインだと言っていました。その頃、直立で縦に飛ぶアフリカ人の横で日本の俳優が疲労困憊しているというTVCMがありました。装束や手に槍を持っている姿から狩猟系の民族だと思われます。

小松左京の分類に則って考えてみると、遺伝的文化的に縄文系が色濃く残る東北地方は、跳ね飛ぶ踊りが多い。鹿踊りもそうだと思いました。鹿踊りの縁起を仏教や奈良・春日大社の神事に求める事ができるそうですが、それらはあくまで元からあったものと結びついたと考えるべきかもしれません。

国立民族学博物館の日本文化の祭りと芸能コーナーには、岩手県遠野市青笹の鹿踊りの装束が展示されています。首から下を被う幕の部分にたしか右横書きで「牛角六」つまり「六角牛」と書かれていました。「六角牛」は「ろっこうし」と読みます。山の名です。

村野鐵太郎監督の映画「遠野物語」で、日露戦争の戦地へ神を送る儀式の場面があったのですが、白馬の鞍の上にあった幣を小舟に乗せ替えて川に流し終わった後、この青笹の鹿踊りと鬼剣舞(おにけんばい)が踊られました。

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 大船渡市仰山流笹崎鹿踊りの装束のカシラの部分。条件に合う角は千頭に数頭しかなく、調達の為に近畿や長野にもあたったそうです。またこの角は加工時に不快なにおいを出すそうで、作業は真夏を避け人家から離れた工務店で行ったとの事です。

「東北の鹿踊、感謝の舞 道具贈られた神戸で復活公演」(asahi.com) http://www.asahi.com/national/update/0610/OSK201206100024.html 鉄人28号が、鹿たち、ひいては被災地にエールを送っているように見えてしかたがない。

「岩手の鹿踊:阪神大震災の被災地で舞う」(毎日jp)http://mainichi.jp/select/news/20120611k0000e040078000c.html 鉄人28号が踊りに加わっているように見えます。asahi.comさんといい毎日jpさんといいかっこよく撮ってるなあ。

鹿踊り等の郷土芸能や平泉の黄金の宝物群等が“白河以南”に来るといっても、東京だったり福岡だったりで関西をすっ飛ばすことが多い。関西も東北ももう少し互いに関心を持つべきだと常々思っています。先に挙げたものをより楽しむ為には、かの地の復興が先決であることはいうまでもありません。

 平成24年7月26日の国立民族学博物館に続きます。


追記。

 以上のつぶやきの中で、芸能山城組の「獅子幻伝」の鹿踊りを仰山流ではなかったかとしたのですが、実際に踊りを見てみて、まず踊りの内容が根本的に違うことと、鹿の装束の幕の部分が仰山流は鮮やかな青なのですが、芸能山城組のは深緑か濃紺だったような気がします。

 たしか司馬遼太郎の対談集だったかで読んだ記憶があるのですが、岩手県は文化や地元企業の勢力圏など、かつて南部藩だったか伊達藩だったかが、今日に至るまで微妙に影響している面があるそうです。鹿踊りも南部藩系は踊り手と楽人が別、そして伊達藩は踊り手が太鼓を打ち唄うようです。国立民族学博物館に装束が展示されている遠野市青笹の鹿踊りは前者、大船渡市仰山流笹崎鹿踊りは後者ということになると思います。

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 参考資料「BRUTUS」2009年8月15日号「Re-discover Japan」

by manewyemong | 2012-06-10 15:55 | | Comments(0)