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「大絵巻展」

 京都国立博物館で催されている特別展「大絵巻展」について記したいと思います。私は開場よりもかなり以前に門の前に着いていたので、待ち時間無しに観ることができました。

 絵巻は右から左へ絵と文による物語を読み進めていく日本独特の芸術です。たしかによくいわれるように、漫画やジャパニメーションのルーツを感じる要素がありました。

 見る、ひいては、想う、という感性と、それを具現化する発想や手法は、個々の表現者の資質だけでなく、遺伝的特質を種子に国家社会を苗床にして育まれてきた民族性を否定できないなと、改めて感じました。

 私が今回の特別展で最も楽しみにしていた「信貴山縁起(しぎさんえんぎ)」の「飛倉巻(とびくらのまき)」は、空飛ぶ鉢によって長者の家から飛び去った倉から、中に収められていた米俵が並んで飛んで帰って来るという場面を、物語に沿う形で連続して描いています。アニメーション的な動きの表現の素晴らしさはもとより、人々の慌てふためく表情が活き活きと描かれています。

 今回見ることが出来なかったのですが「信貴山縁起」の「尼公巻(あまぎみのまき)」の東大寺大仏殿の部分は、尼公の動きを描き表す為に1画面の中に尼公が複数描き込まれているのですが、この手法を“異時同図(いじどうず)”というそうです。これ、今の漫画でもごく普通に用いられています。

 これも今回は見られなかったのですが「信貴山縁起」の「延喜加持巻(えんぎかじのまき)」の、“剣の護法”が法輪をまわしながら信貴山から醍醐天皇の許へ飛行する場面も、飛んで来た方向と鳥の飛行編隊を画面左端奥に配し、そして飛行する剣の護法を右端手前に描き込むことで飛翔のスピード感と距離感を表現しています。鳥山明さんの漫画「ドクタースランプ」で、アラレちゃんが「キーン!」と言いながら両手を水平に広げて走るカットに、似たような構図があった記憶があります。見たのは26、7年前の話で少なからず曖昧なのですけど…。

 「泣不動縁起(なきふどうえんぎ)」の、陰陽師(おんみょうじ)安倍晴明(あべのせいめい)が護摩を焚いて祈祷する場面のもののけ達の姿が、とても室町時代の画工が描いたとは思えないくらい現代的でユーモラスです。まるで水木しげるさんの漫画「ゲゲゲの鬼太郎」のキャラクターのようです。

 今回の出展品の中で私が最も気に入ったのは「十二類絵巻(じゅうにるいえまき)」です。十二支達が鹿を酒席で歓待する場面、登場する動物達がいずれも束帯姿で、動物というより人間が馬や羊(というよりヤギに見える)等のかぶり物をかぶっているようなユーモラスな光景です。

 そういえばよく似た馬や鶏のかぶり物を「タケちゃんマン」でビートたけしさんが使っていらっしゃいました。「十二類絵巻」の動物達は多くが台詞を言っているのですが、ティム・バートン監督の映画「猿の惑星」で、猿達が食事をしながら社会や家庭の問題を口々に話すシーンを思い出しました。動物を擬人化、それも生活感を込めている所が似ています。

 絵巻は歴史的事件を伝える物もあります。必ずしも事件が起こった当時に描かれたとは限らないのですが、後世の人々が事件やそれに関わった人物をどう評価したか分かるという意味で興味深いと思います。

  「後三年合戦絵巻(ごさんねんかっせんえまき)」は、描かれたのは南北朝時代ですが、この絵巻の主題である“後三年の役(えき)”は平安時代の奥州で起きた戦いです。金沢の柵(かねざわのさく)での兵糧攻めの際の源義家軍の残虐行為(柵を脱出してきた女性達を斬殺する)を描いた場面があります。現代の八幡太郎義家像は強弓の名手といった颯爽とした武将なのかもしれませんが、平安末期から鎌倉、南北朝時代はそうではなかったようです。そういえば平清盛や源頼朝と対峙した後白河法皇の今様(いまよう)集「梁塵秘抄(りょうじんひしょう)」にも、

 鷲の棲む深山(みやま)には なべての鳥は棲むものか
 同じ源氏と申せども 八幡太郎は恐ろしや

とあります。少なくとも好感を持たれた人物ではなかったようです。

 ちなみにこの合戦で陸奥・出羽の支配者になるのが奥州藤原氏の初代清衡(きよひら)です。

 「BGMとしての姫神」(2)で触れた「餓鬼草紙(がきそうし)」も展示されていました。私が問題にしたシーンで使われていた屎便餓鬼や疾行餓鬼の部分も展示されていました。やはり「遠野古事記」のシーンでこの絵巻を使うに当たっての説明が不足、というより、全く不適切だったと思います。宝暦の大飢饉の遠野郷の難民と餓鬼とを重ねるのは、そもそも“餓鬼”の意味が分かっていない。餓鬼(がき)とは、贅沢をして地獄に堕ちた亡者のことです。宝暦の飢餓難民は、贅沢をして地獄に堕ちた亡者ではない。

 今回の出展作品のいくつかを、私は既に何度か見たことがあるのですが、今回、“絵巻”というテーマでまとまった形で見ることで、この特別展「大絵巻展」そのものが、1巻の長い絵巻のように感じられました。絵巻は作品保存の為に会期中に何度か巻き替えを行うので、機会があればまた見に行きたいと思っています。

「大絵巻展」_a0060052_17105138.jpg

「大絵巻展」
http://daiemaki.exh.jp/

by manewyemong | 2006-05-06 19:14 | | Comments(0)