「月見坂」(アルバム「桃源郷」より)

 「月見坂(つきみざか)」は、アルバム「桃源郷」収録曲のうち「風のかほり」とともに、せんせいしょんのギター(アコースティック/エレクトリック)/尺八/横笛奏者、大久保正人(おおくぼ・まさと)さんの作曲です。

 タイトルは「月のあかりはしみわたり」(アルバム「北天幻想」より)で触れた、岩手県平泉町の中尊寺境内にある坂の名にちなんだものと思われます。ちなみに姫神せんせいしょんの「奥の細道」(シングル及びアルバム)のジャケットのあの茅葺き屋根の東屋は、月見坂を登って右脇へ入った所にある積善院(せきぜんいん)です。

 私は初めて「月見坂」を聴いた時、かなり以前に雑誌のグラビアで見た、雪中にたたずむお地蔵様達の姿を想起しました。いつどこでそのグラビアを見たのか等を完全に失念したのですが、そのお地蔵様達の、風雪に耐えるというよりは、むしろその状況を堪能しているかのような表情だけは克明に憶えていて、「月見坂」を聴いているうちに、形や色、そして放つ気配を思い出しました。

 昨秋、第49回東京名物神田古本まつりで大量の本を買ったのですが、その中の1冊、「サライ」平成7(1995)年第21号の「サライ美術館」は、高橋喜平(たかはし・きへい)さんの特集でした。高橋さんは雪氷学(せっぴょうがく)の権威であると同時に、写真家、エッセイストでもありました。

 特集は、雪まくりや氷盤つらら、冠雪(かんむりゆき)、雪ひもといった、雪と氷が織りなす不思議な光景を収めた写真が多かったのですが、それとは別に、姫神山と峰つながりの天峰山(てんぽうざん)山中の、ある尼寺を囲むように立つお地蔵様達のものが3点ありました。

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 私がかつて見たグラビアでした。

 高橋さんがとらえた、藍色のショールをまとって首まで氷雪に埋まって立つお地蔵様達の美しさ、妖艶さ、まなざしの優しさにあらためて感動したのですが、その中の1枚「吹雪の雪女」という写真には、
降る雪や わが生涯の 雪女
という高橋さんによる句が添えられていました。

 私は子供の頃から、インストゥルメンタル音楽の個々のパートやフレーズに、人やもの、事象を当てはめて物語や情景を想像することがあります。この「月見坂」の場合、それが上で挙げた雪原のお地蔵様の写真と結びつく形で広がっていきました。

 曲の始端や終端で鳴っている「キコカコキコカコ…」というオスティナートは、陽や月や星の明かりを受けて光る雪の結晶を、シンセサイザー黎明期の音楽でよく耳にした少々懐かしい音色で奏でられる「ポーンポォーン、ポンポポォーン…」というメロディは天峰山の雪原の広がりと寒気を、途中で唄い上げるバイオリンは雪女(お地蔵様)達の立ち姿を、アコースティックギターは撮影当時既に80歳を越えていたにもかかわらずカンジキをはいて1人厳冬の天峰山を彷徨し、雪女を見つけるとカメラを持ち上げてファインダーを覗く高橋喜平さんの姿を思い浮かべました。

 そして、昼間カメラを向けていた高橋喜平さんを含め、湿った温かい息を吐く存在がことごとく去り失せた、月明かりが降り注ぐ天峰山の夜にたたずむお地蔵様達の姿も、この「月見坂」を聴きながら想像してしまいます。

 高橋さんが撮影したこの氷雪の中に立つお地蔵様達の写真は、後に「俳句の雪女」と題して岩手日報社から刊行されました。「吹雪の雪女」はその表紙を飾っています。1996年1月の日付の「俳句の雪女」の後書きは、
雪女 連れてあの世へ 「さようなら」
という句で終わっています。

 高橋喜平さんは10年後の平成18(2006)年2月1日、この世を去っています。


参考資料

「サライ」平成7(1995)年第21号(小学館)
天峰山が“天宝山”と誤植されています。

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「俳句の雪女」(高橋喜平著、岩手日報社刊)

 大阪市内の某大型書店店頭にて注文したところ、「出版社にて品切れ。再販未定。他店舗に在庫無し」とのことだったのですが、岩手日報社さんの通販サイトで注文したところ、入手することができました。


岩手日報社サイト
http://www.iwate-np.co.jp/

 トップページ → 出版ガイド オンラインショップ → 趣味と進むと「俳句の雪女」があります。ちなみに、出版ガイド オンラインショップ → エッセイと進むと、姫神・星吉昭さんの「北の風 あおあおと」があります。

「高橋喜平さん」(「吉田屋ノート」より)
http://yoshinote.exblog.jp/3133186/

「地蔵菩薩」(「イーハトーブ・ガーデン」より)
http://nenemu8921.exblog.jp/9297498/
「吹雪の雪女」達の6月の姿の画像があります。

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by manewyemong | 2009-01-31 12:51 | 音楽 | Comments(0)