平成21年4月29日のギリヤーク尼ヶ崎さん

 本日、阪神電車尼崎駅北側出口中央公園での、ギリヤーク尼ヶ崎さんの公演を観に行きました。私はこの場所で、平成14(2002)年5月3日、同17年4月24日の公演を体験しています。

 私は開演1時間前の13時にこの場所に着いていました。

a0060052_1952714.jpg
 
 ギリヤーク尼ヶ崎さんが路上公演を始めて20周年のおり、俳優の近藤正臣(こんどう・まさおみ)さんから送られた幟(のぼり)。これが公演場所の目印です。

a0060052_1952583.jpg
 
 チョークで大きな円が描かれていて「祈りの踊り 午後二時より」と書いてあります。

 と、この2枚の画像を撮ったところで、傍らの噴水の前にギリヤーク尼ヶ崎さんが腰掛けていらっしゃるのを発見しました。

 お声がけとご挨拶をして、NHK総合が昭和60(1985)年4月から3年間放映した紀行番組「ぐるっと海道三万キロ」昭和60年12月16日放映分「国境の民・海の民~オホーツク夢の旅~」でのギリヤーク尼ヶ崎さんの踊りを目にし、近年までお名前も何も知らないまま、しかし番組での感動が色あせることはありませんでしたと申し上げました。

 ギリヤーク尼ヶ崎さんは番組のことを憶えておられて、まさに私がギリヤーク尼ヶ崎さんの舞踊で書いた通りの意図を以て舞われたことを語ってくださいました。ご自分がNHKから起用された理由は「僕の名前がギリヤークだからだと思います」とのことでした。

 ギリヤーク尼ヶ崎さんは近年体調を崩されていて、肺気腫で肺が片方しか用を為さず、それに加えて昨年心臓のペースメーカーを埋め込む手術を受けました。手術前、24時間の心電図をとった所、4、5秒心臓が止まることがあったと医師から告げられたそうです。私が「無理をなさらずに」と申し上げると、「大丈夫です。まだ78歳ですから」と言い残して、公演の支度の為に一旦尼崎駅北側出口中央公園を去って行かれました。

 公演の様子は、おそらく他の多くのブログ等で紹介されるでしょうから、私は撮影をしませんでした。お体のこともあり、演目を二つ減らす形での公演でした。もっとも、減らした理由は終演後のギリヤーク尼ヶ崎さんの弁によると、3ヶ月入院した為に踊りを忘れてしまったから、だそうですけど…。

 先日、毎日新聞社が平成7(1995)年に出したムック「戦後50年」を買ったのですが、その中に昭和46(1971)年のギリヤーク尼ヶ崎さんの写真を見つけました。今と同じく褌姿で踊っているのですが、若々しく、筋骨隆々で、眼差しに力がみなぎっていました。しかしながら、当時の踊りそのものを観たわけではありませんが、やはり私は今のギリヤーク尼ヶ崎さんの踊りの方が好きだと思います。たとえ今、肉体的にハンディキャップがあったとしても、文字通り鬼気迫る鬼の踊りより、先の震災の被災地で得たという祈りの踊りの方が、私や尼崎駅前に居合わせる人の心を打つような気がします。

[PR]
by manewyemong | 2009-04-29 19:56 | | Comments(0)