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 平成28(2016)年4月9日から5月22日まで奈良国立博物館で催されている、特別展「信貴山縁起絵巻 朝護孫子寺と毘沙門天王信仰の至宝」を観てきました。

 私にとって絵巻というテーマの特別展は、平成18(2006)年4月24日から6月4日まで京都国立博物館で催された「大絵巻展」以来です。

 「信貴山縁起絵巻(しぎさんえんぎえまき)」は、平安時代中期、信貴山に修行した命蓮(みょうれん)という僧の、仏教説話というよりは多分に神仙譚のような伝説的なエピソードを絵巻に描いたものです。

 「信貴山縁起絵巻」は、平安時代後期に成立し、永く信貴山の朝護孫子寺(ちょうごそんしじ)に伝わり、現在は奈良国立博物館に寄託されています。

 私と「信貴山縁起絵巻」の出会いは、私が小学校へ入学したおり、親からプレゼントされた学習百科大事典(学研)第1巻「日本の歴史」の、奈良~平安時代の記述の中に使われた数点の資料画像でした。「尼公巻」の大仏殿の場面等がありました。

 また、それより後、澁澤龍彦(しぶさわ・たつひこ)の「東西不思議物語」(河出文庫)19章「リモコンの鉢のこと」で、「山崎長者巻」の、空を飛び、物を運ぶ鉢の話を知りました。

 その後、中学校の図書室の美術関係の蔵書の中に、「信貴山縁起絵巻」に関するものを見つけました。

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 「信貴山縁起絵巻」は、「山崎長者巻」「延喜加持巻」「尼公巻」の3巻から成っています。今回の特別展では、この3巻を期間中入れ替えなく同時に観る事ができます。

 「山崎長者巻(やまざきちょうじゃのまき)」は、「飛倉巻(とびくらのまき)」とも呼ばれ、信貴山から飛来する托鉢鉢へのお布施を長者が渋ったところ、鉢が長者の蔵ごと運び去ってしまい、長者達が命蓮の元へ行き、蔵の返還を要求すると、今度は蔵の中の米俵群が長者の家へ飛び帰る、という顛末を描いています。澁澤龍彦の「リモコンの鉢のこと」はこれです。

 ちなみに山崎とは、後世、羽柴秀吉と明智光秀が合戦した場所。山崎から信貴山までは直線で約34kmあります。

 空飛ぶ鉢が倉を運び去る、あるいは米俵群が飛来する光景に慌てふためく人々の表情が、どこか面白おかしく、そして、いきいきと表現されています。

 昭和56(1981)年夏に公開されたアニメーション映画「さよなら銀河鉄道999 アンドロメダ終着駅」終盤、主人公によって救出された“生身の人間”達を乗せて発車した999号が、追って来た戦闘衛星によって最後尾から1両づつ客車が撃ち落とされていく場面、前の車両へと退避していく生身の人間達の描写が、この「山崎長者巻」の人々の動きや表情にそっくりです。ほんの一瞬のカットだったのですが、スクリーンを見ながら思わず「これ飛倉巻や」とつぶやいたのを憶えています。

 このカットを含め、この一連の場面を描いたアニメーター金田伊功(かなだ・よしのり)さんの作風に浮世絵等日本画との類似を指摘する、村上隆(むらかみ・たかし)さんのような人達がいる事を、インターネットを使い始めて知りました。絵巻と似ていると感じた私の感性も、それなりに先見の明はあったという事でしょうか。

 「延喜加持巻(えんぎかじのまき)」は、醍醐天皇(延喜帝:えんぎのみかど)が病を得たおり、信貴山へ勅使が派され、命蓮自らは信貴山から出ずに加持祈祷し、帝の病気平癒時に剣の護法が姿を表し、それを嘉(よみ)すため再派された勅使に、命蓮は何も望まない旨を奉る、という顛末を描いています。

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 あまりにも有名な剣の護法のフライトシーンや、剣の護法が空から御所敷地内へ降下して一瞬だけ醍醐天皇の前に姿を見せる場面も素晴らしいのですが、私は「延喜加持巻」において描かれている洛中の人々や牛馬が好きです。

 袈裟を着た高僧達が宮中の門に入っていく場面、僧達の後ろに従う者の中に、後ろを振り返っている長髪を束ねた髭面の男がいます。なんだか20余年前に凶悪な事件を起こした某カルト教団の教祖に似ています。さらにその後ろからついてくる格子縞の衣の少年の容貌、まるで昭和のアニメの脇役みたいです。私が初めて「信貴山縁起絵巻」を観て以来、気に入っている登場人物の一人です。

 醍醐天皇快癒を嘉す勅使が命蓮の庵で会談している場面、庭で控えている従者の中に、爪先立って中の様子をうかがおうとしている者がいます。この男も私が気にっている登場人物の一人です。

 登場人物各々のポーズに、何かしらのストーリーが込められている気がします。「信貴山縁起絵巻」の魅力の一つは、貴賎問わず全てのキャラクター達に対する、描き手の優しい目線が感じられる事だと思います。

 「尼公巻(あまぎみのまき)」は、幼少時に東大寺授戒の為に故郷信濃を出て、そのまま消息を絶った命蓮を探しに、姉の尼公が信濃から大和まで旅して、東大寺大仏殿の毘盧遮那仏のお告げで信貴山中に命蓮を探し当て、共に暮らすという顛末を描いています。

 深い山道から人里に下り、民家の縁側で尼公がブーツのような履物を脱いでいる場面、馬の背から直接縁側へ降りた事を示しています。また、尼公を乗せてきた馬が、鞍を外されるのを嬉々として待っている表情が、何だか現代の漫画やアニメに見えてしまいます。

 この後、尼公がこことは別の民家の土間で休む場面、土間奥に猫が描かれているのですが、この猫、本邦初の、絵に描かれた猫なのだそうです。

 旅が進むにつれ、馬、二人の従者が絵巻に登場しなくなり、尼公の旅装も軽くなっていきます。あからさまな表現ではないものの、この旅が辛苦に満ちたものである事をうかがい知る事ができます。場面毎の登場人物たちの表情がいずれも明るい故に、かえってその事が胸に迫ってきます。描き手が登場人物達を愛しているのは間違い無いと思います。

 大仏殿での毘盧遮那仏のお告げに従い、霞の中を時に立ち止まりながら杖をついて一人歩む小さな尼公、やがて行く手に見えてきた信貴山…絵巻の内容同様、絵巻の描き手も己が仕事のエピローグが近づいている事を意識したかもしれません。

 信貴山へたどり着いた尼公が、命蓮と再会し、それを喜び、共に修行し、暮らしていくという顛末が、所謂異時同図で表現されています。異時同図(いじどうず)とは、その場面での異なった時間に起きた事柄を1カットの中に描きこむ表現方法です。この「尼公巻」において、大仏殿の場面でも採られています。そちらの方が有名だと思います。

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 特別展「信貴山縁起絵巻 朝護孫子寺と毘沙門天王信仰の至宝」は、「信貴山縁起絵巻」 の他に、「粉河寺縁起(こかわでらえんぎ)」や奈良国立博物館所蔵の「地獄草紙」等の絵巻、毘沙門天信仰、朝護孫子寺と縁の深い聖徳太子や後世の武家に関するもの等が展示されています。

 これらを含めて、この特別展「信貴山縁起絵巻 朝護孫子寺と毘沙門天王信仰の至宝」そのものが、10年前の「大絵巻展」同様、まるで一巻の長大な絵巻を観ているような感覚にとらわれました。

 特別展「信貴山縁起絵巻 朝護孫子寺と毘沙門天王信仰の至宝」の会期は、5月22日まで。私は「躍動する絵に舌を巻く 信貴山縁起絵巻」(泉武夫著、小学館刊)を持っているので、図録を諦めたのですが、何だか欲しくなってきました。会期中にもう一度この特別展を参観し、図録も買おうかと思っています。また信貴山朝護孫子寺もお詣りできればと思っています。


特別展「信貴山縁起絵巻 朝護孫子寺と毘沙門天王信仰の至宝」
http://www.narahaku.go.jp/exhibition/2016toku/shigisan/shigisan_index.html

「躍動する絵に舌を巻く 信貴山縁起絵巻」(泉武夫著、小学館刊)
http://www.shogakukan.co.jp/books/09607020

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by manewyemong | 2016-04-24 11:21 | | Comments(0)
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 平成25(2013)年9月7日(土)から大阪市立美術館で催されている特別展、「北魏 石造仏教彫刻の展開」を観てきました。

 昨年の「草原の王朝 契丹」(特別展「草原の王朝 契丹」が催されます特別展「草原の王朝 契丹」を観てきました参照)に続く、漢土を支配した異民族王朝に関する特別展です。

 私が多少なりとも北魏という国を意識したのは、昭和62(1987)年2月8日に放映されたNHK特集「大黄河」第9集「仏陀の道」の、龍門石窟の場面が最初でした。賓陽中洞の柔和な表情の釈迦如来坐像が、北魏の名君といわれた第6代孝文帝をモデルにしたのかもしれないという、緒形拳さんのナレーションの声音を憶えています。

 私は「菩薩」(アルバム「絲綢之路」より)で、敦煌莫高窟の三千体の塑像を、

沙漠(さばく)の国の仏たち

としました。南北朝時代、敦煌は北魏の支配域の西の端にありました。

 アカデミズムとは無縁の、あくまで私の珍説なのですが、その沙漠の国の仏達が、我々にとって馴染み深い姿に変わっていくとば口は、あるいは北魏なのかもしれません。

 今回の特別展のタイトル「北魏 石造仏教彫刻の展開」が示すとおり、展示品は仏教や道教等、宗教的なモチーフを彫った像、あるいはうがたれた龕(がん)でした。

 後世成立する密教系の憤怒の像は無く、穏やかな笑みを浮かべたものや、微笑ましい表情のものが全てです。あるいは北魏という王朝、特に孝文帝の性格が、自分達が征服した民に優しく、身内に厳しい(漢化政策に従わなかった皇太子を笞刑にした上で廃嫡し庶人におとす等)事と関係があるのかもしれません。

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 特別展「北魏 石造仏教彫刻の展開」のチラシ表面に載っている「菩薩立像頭部」(大阪市立美術館蔵)。柔和な、そして静謐感のある微笑み。あるいは北魏朝を打ち立てた人々の容貌を伝えているのかもしれません。

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 特別展「北魏 石造仏教彫刻の展開」のチラシ裏面。

 上部中央の「菩薩半跏像」の衣には、微かに瑠璃色が残っていたと思います。また、左端上から二つ目の「菩薩交脚像龕」 には朱が残っていました。あるいはこれらの像や龕には、色が塗られていたのかもしれません。

 漢土の文化のエポックメイキングは、時に、この北魏や唐、遼(契丹)といった異民族王朝であり、それは遠い日本へも微妙な影響を及ぼすのですが、北魏、というテーマで、これほどの特別展が催される機会が、今後さほどあるとは思えません。

 無論、そんな歴史的な事に思いを馳せずとも、この、誰に対しても「No!」を言いそうにない、優しいお顔の仏達に会いに行く事は、至極楽しい事だと思います。

 大阪市立美術館の特別展「北魏 石造仏教彫刻の展開」の会期は、10月20日(日)までです。月曜日は休館日なのですが、祝祭日は開館されています。

 さる9月16日(月)敬老の日は、当初、台風18号の影響で休館とされたようなのですが、暴風警報解除後、開館しました。


おまけ。

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 青空にそびえ立つ、あべのハルカス。


大阪市立博物館特別展「北魏 石造仏教彫刻の展開」
http://www.osaka-art-museum.jp/sp_evt/northernwei/


参考資料:

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「新十八史略 四 秋風五丈原」(駒田信二、常石茂等編、河出文庫刊)

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by manewyemong | 2013-09-19 14:29 | | Comments(0)
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 京都国立博物館で平成25(2013)年3月30日(土)から5月12日(日)まで、特別展「狩野山楽・山雪」が催されています。

 桃山末から江戸期当初、政権が豊臣から徳川へ変わるにあたって、政治の中心も(伏見/大坂:大阪)から江戸へ移りました。大口のパトロンないしクライアントが江戸へ下るのに同じくして、絵師や画工にも江戸へ赴く者と残る者とに別れました。

 今回の特別展で採り上げられた狩野山楽(かのう・さんらく)とその女婿(じょせい)山雪(さんせつ)は、京に残った側の絵師達です。彼等は京狩野と呼ばれています。

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 京狩野の草創期、狩野山楽・山雪の画風は、私がよくいうデコラティブジャパン感(屋号縁起参照)にあふれた戦国期の趣きを継承しているように思えます。特に京の寺々を飾った障壁画群は絢爛たるものです。

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 東京の相撲博物館蔵の「武家相撲絵巻」(山雪)は、力士達のポージングや動き、騒擾感が、そこはかとなくですが金田伊功さんのアニメーションに似ているような気がします。

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 かつてともに妙心寺塔頭天祥院のふすま絵だった、「群仙図襖」(ミネアポリス美術館)「老梅図襖」(メトロポリタン美術館)が京都に帰り、展示されます。

 この2作品が会い揃うのは、実に50年ぶりの事だそうです。


京都国立博物館特別展覧会「狩野山楽・山雪」
http://www.kyohaku.go.jp/jp/tokubetsu/130330/index.html

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by manewyemong | 2013-04-01 14:48 | | Comments(0)
 平成25(2013)年4月2日(火)から6月16日(日)まで、大阪市立美術館に於いて特別展「ボストン美術館 日本美術の至宝」が催されます。

 アメリカのボストン美術館には数多の日本美術が収蔵されています。

 ボストン美術館のコレクションに関して、平成18(2006)年4月15日〜5月28日まで神戸市立博物館で催された肉筆浮世絵展「江戸の誘惑」を観ました。

 今回は奈良/平安時代の仏画、「吉備大臣入唐絵巻(きびだいじんにっとうえまき)」「平治物語絵巻」、室町期の水墨画、江戸期の屏風等が日本へ帰ってきます。

 私は小学生の頃、学研の学習百科大事典全12冊を今のインターネットを閲覧する様に読みまくって、様々な知識を頭に詰め込んだのですが、吉備真備(きびのまきび)等の遣唐使や保元平治の乱の項で「吉備大臣入唐絵巻」「平治物語絵巻」の一部が資料として添えられているのを目にしました。

 吉備真備唐土上陸や平治の乱の騒擾の場面は子供心に印象に残っていて、今回実物と対面できる事を楽しみにしています。


特別展「ボストン美術館 日本美術の至宝」
http://www.boston-nippon.jp/
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by manewyemong | 2013-03-31 16:31 | | Comments(0)
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 平成25(2013)年1月10日から2月11日まで、大阪市立美術館で催されている特別陳列「酒と食のうつわ -杯のなかの小さな世界-」を観て来ました。

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 朱漆と黄金の目に眩い色彩感と精緻を極めた蒔絵の技術、そして大自然や季節感、年中行事、縁起物、名所のモチーフ等々、手で持つ程度の空間にデコラティブジャパン(絢爛なる日本)感があふれています。

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 「特別陳列」とあるように、今回は全て大阪市立美術館蔵のものです。蒔絵朱漆杯に関して、大阪市立美術館のコレクションの数は国内屈指だそうです。

 今回は江戸時代のものを中心に、室町から桃山時代、明治期のものが展示されています。枯れた感じのする鎌倉期が終わり、室町、桃山、江戸、明治は、日本文化のデコラティブジャパン感の爛熟期に符合します。

 猿が川で舟遊びをしている様子が描かれた「猿猴舟遊び蒔絵杯」を観ていて気付いた事があります。描かれている猿が尾の短いニホンザルだという事です。日本画には日本の猿を描いているつもりながら尾が長かったり、京都国立博物館没後400年特別展覧会「長谷川等伯」に展示された「古木猿猴図(こぼくえんこうず)」のようなシロテテナガザル(南宋の画家、牧谿:もっけいの「観音・猿鶴図」のモチーフを採った?)だったりしました。「猿猴舟遊び蒔絵杯」の作者は、あるいは生きたニホンザルを観察してモチーフとして採ったのかもしれません。

 今回この特別陳列で予期しなかった参考出品物がありました。「大絵巻展」片野のキジ特別展「百獣の楽園 美術にすむ動物たち」を観ましたで触れた「十二類合戦絵巻」の、江戸時代に作られた模写絵巻です。

 かつては個人蔵と紹介されていたのですが、現在は大阪市立美術館の所蔵となっています。十二支達が鹿を歓待する場面の器類を観賞の参考に、という事のようです。

 図録を買い損ねたこともあり、2月11日までの会期中、もう一度観に行くかもしれません。


大阪市立美術館特別陳列「酒と食のうつわ -杯のなかの小さな世界-」
http://www.osaka-art-museum.jp/
special/250110_tokutinsaketoshoku.htm

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by manewyemong | 2013-01-18 17:11 | | Comments(0)
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 大阪市立美術館での特別展「草原の王朝 契丹」を観てきました。

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 この展覧会のことは、既に特別展「草原の王朝 契丹」が催されますで触れています。

 契丹の可汗や身分の高い人の副葬品がメインで、実際の生活で使う道具や庶民に関わるものは少なかったような気がします。ただ、身分の高い人でさえも、携帯型の錐(きり)といった草原で使う小道具群を懐に持っていたところに、自らが牧畜民であるという気風を感じました。

 特別展「草原の王朝 契丹」が催されます、あるいは十三湊の勃興と衰亡で触れたとおり、牧畜や狩猟の民の国である契丹は、黄金に対して格別の思いがあったようです。多くの展示品が鍍金製品でした。

 契丹の公主(皇室でいえば内親王にあたる)の副葬品と思われるものは、贅を極めつつ、どこか可愛らしいものがありました。龍を象った小さな腕輪があったのですが、これは持ち主の公主が女児といえるほど幼かったのではないかと思われます。もちろんそれは現代日本人の尺度なのかもしれません。

 馬具や装飾品等に織り込まれた人物のモチーフは、やはり牧畜民の特徴が出ていました。つまり、多くが頂の尖った帽子を被り、袖がすぼまった、そして丈も靴が見える程度の長さの服を着ているということです。

 しかしながら宗教的なものの中には、漢人の宗教である道教(特別展「道教の美術」を観ました参照)を取り入れたものもあり、被り物の天辺に道教の神か道士、つまり袖が広く、丈も引きずるほど長い衣を着たモチーフを付けたものもありました。

 今回の契丹の文化に限らず、日本の物も含めた多くの古い文物を見る度に思うのですが、赤や紅、緋色の塗料は、他の色が剥げた後もよく残っています。今回の彩色木棺や釈迦涅槃仏、名を失念したのですがほとんど材料の石の色が出てしまっている人物像に、赤や緋だけは若干残っていました。

 「草原の王朝 契丹」公式サイト「展覧会のみどころ」にある、契丹の勢力図を見るとよく分かるのですが、漢人国家である宋は、北方を遼(契丹)、西を西夏(せいか)、吐蕃(とばん)と、叛服常ならない国々に囲まれていました。契丹は時に自身が宋と事を構えながら、反面、宋と他の国との休戦の仲介等も行い、当事国以上の利を得たりしました。宋が西の国々との仲が上手くいっていない時、契丹は宋と西域の通り道にもなったと思います。交易品と思われる物は西のイスラム世界のものまであり、国際色豊かでした。

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 一つの特別展に3種用意されたチラシ。

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 裏面は3種とも同じです。3種刷ることの意義を全く感じないのですが…。橋下徹大阪市長がこれをご覧になったら、どうお感じになるでしょうね。

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 来る平成24(2012)年9月15日から11月25日まで大阪歴史博物館で、特別展「ウクライナの至宝 スキタイの黄金美術の煌めき」が催されます。

 司馬遼太郎の「街道をゆく」の「モンゴル紀行」に、馬に乗り、簡便な幕舎に住み、家畜を逐って移動するという生活を編み出したのは、スキタイであるとあった記憶があります。

 NHK特集「シルクロード」第2部オープニング映像のスキタイ・サカ族の黄金人間や、第5集「炎熱・イラン南道」でのペルセポリスの様々な民族の朝貢使節を描いた浮き彫りの映像の中に、尖った帽子のスキタイ人がいました。頂が尖った帽子はその後、匈奴や契丹、そして元寇の敵兵の兜にまで継承されています。


「草原の王朝 契丹」
http://kittan.jp/

特別展「草原の王朝 契丹」(大阪市立博物館)
http://www.osaka-art-museum.jp/special/kittan.htm

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by manewyemong | 2012-04-20 10:12 | | Comments(0)
 来る平成24(2012)4月10日から6月10日まで大阪市立美術館で、特別展「草原の王朝 契丹」が催されます。

 契丹(きったん)は、かつて東アジア北方の広大な地域に居た、牧畜や農業、狩猟を生業にしていた民族です。耶律阿保機(やりつ・あぼき)が可汗(かかん)の時に統一され、後に遼(りょう)という国になりました。

 その後、遼は長く漢人の王朝、宋を脅かす存在だったのですが、契丹のさらに北方に興った女真(じょしん)族の国、金によって滅ぼされました。しかしながら、契丹人は金国において重く用いられる事も多く、民族としての命脈は保たれていました。

 やがて金国はチンギス・ハーン率いるモンゴルの侵攻を受け、官吏として働いていた契丹人には、虜としてモンゴルに連れて行かれる者もありました。その中には、後にチンギス・ハーンと次のオゴデイの時代にモンゴルの宰相を務めた耶律楚材(やりつ・そざい)がいました。

 金国の都(今の北京)からチンギス・ハーンの許に連れて来られた耶律楚材に対して、チンギス・ハーンは、「汝の祖国は金国によって滅ぼされた。予はそのかたきを討ってやった。汝は予に感謝すべきである」と声をかけたそうです。それに対する答えは「自分は祖父の代から金国に仕えてきました。金国の不幸を喜ぶ事はありません」でした。耶律楚材はチンギス・ハーンから絶大な信頼を受け、常に傍らに控える存在になりました。

 この場面は、井上靖「蒼き狼」(新潮文庫)や陳舜臣さんの「耶律楚材」(集英社文庫)等、これらの人物が登場する小説等で必ず名場面として描かれています。小学6年生の頃、私は井上靖の西域小説や「新十八史略」(河出文庫)の「契丹禍」の章等で、契丹に関する事柄を知りました(アルバム「絲綢之路」参照)。

 特別展「草原の王朝 契丹」は、主に耶律阿保機の時代から遼末の品々が展示されるようです。

 十三湊の勃興と衰亡でも触れたのですが、契丹や女真、はては契丹の遠い先祖ともいわれるスキタイは、黄金製品を盛んに作りました。NHK特集「シルクロード」第2部のオープニング映像や、昭和63(1988)年のなら・シルクロード博で、ソ連領中央アジアから出土した黄金の甲冑「黄金人間」をご覧になった人も多いと思います。

 あくまで私見ですが、遊牧民族が黄金を硬貨やインゴットの形で資産とするのではなく、あくまで製品の部材として重用したのは、前者だと重すぎて(金は比重が大きい)、常に水草を逐(お)って移動する遊牧民には、持ち運びが不便だからではないでしょうか。シルクロードで通貨として機能したのは、金ではなく銀でした。彼等が遊牧民であるが故に、黄金製品の製造に秀でる事ができたのではないかと、私は考えています。

 今回の展示でもまばゆい黄金製品が多く、デコラティブジャパン(絢爛なる日本)を美意識の一つに据えている者としては、ぜひ観ておきたい特別展です。

 特別展「草原の王朝 契丹」を観てきましたに続きます。


「草原の王朝 契丹」
http://kittan.jp/

特別展「草原の王朝 契丹」(大阪私立博物館)
http://www.osaka-art-museum.jp/special/kittan.htm
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by manewyemong | 2012-03-28 14:50 | | Comments(0)
 京都国立博物館で催されている特別展「百獣の楽園」を観てきました。

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 それ自体が重要文化財である特別展示館の偉容。本当に来るのが楽しみな博物館です。

 常設展示品が置かれた平常展示館は現在解体され、百年記念館の建設が予定されています。したがって常設展を観る事は出来ませんでした。

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 特別展観「百獣の楽園 美術にすむ動物たち」は、京都国立博物館の生き物に関する収蔵品(絵画や造形、衣装等)を一堂に展示した物です。

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 縄文時代から現代までに至る、様々にデフォルメされた物から擬人化されたもの、日本画の技法ながら恐ろしく写実的なもの等が集まって来ています。

 気に入った、あるいは気になった作品について記したいと思います。

 「大絵巻展」以来久方ぶりに再会できた「十二類絵巻」は、今回も十二支達が鹿を歓待する酒席の場面が公開されていました。登場するキャラクター達には台詞が書き添えられていて、片野のキジで触れた戌(いぬ)による「これは片野のキジでございます」や、巳(へび)の「酒は一口飲んだ。今は衣をうち脱いでのびのびと寝たい」等とあります。手足の無いヘビが狩衣(かりぎぬ)を着ているのが可笑しい。

 森狙仙(もり・そせん)の「雪中三獣図襖(せっちゅうさんじゅうずぶすま)」は、イノシシが描かれているのですが、体躯のリアルさと、それに反する目つきのみの擬人化が、何だかアニメーション映画「もののけ姫」のイノシシ達に似ている気がしました。

 国井応文(くにい・おうぶん)と望月玉泉(もちづき・ぎょくせん)による「花卉鳥獣図鑑(かきちょうじゅうずかん)」は、日本画なのですが写実的で生々しく、しかし動物によっては愛嬌がある表情をしていて、あるいは今風に言えば、きもかわいい、という事になるのでしょうか。

 私が好きな伊藤若冲(いとう・じゃくちゅう)の作品も、有名な「百犬図」等がありました。「百犬図」は戯れる子犬達のその目の多くが、この絵を見る者へと注がれていてどこか怖い感じがするのですが、これも今風に言えば、きもかわいい、でしょうか。

 没後400年特別展覧会「長谷川等伯」で触れた「古木猿猴図(こぼくえんこうず)」や、今回の特別展の式部輝忠(しきぶ・てるただ)の「巌樹遊猿図屏風(がんじゅゆうえんずびょうぶ)」に出て来る猿達、日本にはいないシロテテナガザルという種類です。フジテレビ系「ムツゴロウとゆかいな仲間たち」に、ナナちゃんというおむつを当てられた猿がよく出ていましたが、このシロテテナガザルです。南宋の画家、牧谿(もっけい)の「観音・猿鶴図」のシロテテナガザルの母子を、日本の絵師たちが手本にした事が、この猿が日本画によく登場する理由のようです。

 呉春(ごしゅん)の「狐の嫁入図屏風」は、キツネの擬人化というより、人がキツネの被り物を被っているような感じがします。黒澤明監督の映画「夢」に似た場面がありましたが、「狐の嫁入図屏風」のキツネ達は足下が判然とせず、彼等が単なるキツネの化身ではなく怪異の存在である事を描いています。

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 図録(表紙)。

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 図録(裏表紙)。 特別展図録としては通常より一回り小さいのですが、800円と安かったです。

 特別展観「百獣の楽園 美術にすむ動物たち」の会期は、平成23(2011)年7月16日(土)から8月28日(日)までです。


特別展観「百獣の楽園 美術にすむ動物たち」
http://www.kyohaku.go.jp/jp/tokubetsu/110716/

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by manewyemong | 2011-07-28 11:28 | | Comments(0)
 大阪市立美術館で催されている「没後150年 歌川国芳 【幕末の奇才浮世絵師】」のチラシを手にしての、そして国芳との類似をふと感じた金田伊功さんに関するつぶやきです。


駅に置いてある歌川国芳展のチラシ、作品の載せ方を心得ている感じがします。浮世絵って基本的に手に取って見る目線で作られていると思うのですが、展示や図録よりもチラシの方が本来の見方ができます。

チラシ表の「相馬の古内裏」、一昨年亡くなったアニメーター金田伊功(かなだよしのり)さんのタッチに似ている。順番からいえば金田さんが国芳に似ているというべきなのでしょうけど…。

「相馬の古内裏」の巨大骸骨は「さよなら銀河鉄道999」(1981)のプロメシュームに、そして全体の構図は「幻魔大戦」(1983)の地球人超能力者達の前に幻魔の化身の火龍が現れるシーンに似ている。

「相馬の古内裏」にBGMを付けるとしたら、やはりキース・エマーソンによる「幻魔大戦」サントラ盤の最後の曲だと思います。劇中、超能力者と火龍が戦うシーンに流れました。

幻魔大戦 地球を護る者 CHALLENGE OF THE PSIONICS FIGHTERS http://www.youtube.com/watch?v=oTKSTf4dr-k

金田伊功さんの事はここへ書きました。 http://manewyemon.exblog.jp/8686224/

国芳から話がずれた。チラシには他に宮本武蔵とクジラと戦いを描いた「宮本武蔵の鯨退治」、役者絵禁止の法をくさした感のある「荷宝蔵壁のむだ書」、猫等の小動物を描いた作品等が載っています。

歌川国芳展は途中で展示品が変わります。「相馬の古内裏」は5月8日までの展示。美術館は9時半始まりなので、8日までに観に行ってきます。


追記。

 結局、「没後150年 歌川国芳 【幕末の奇才浮世絵師】」の前期(5月8日まで)の展示を観る事はできませんでした。

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 京阪電車の駅で配布されているパンフレット。

 楽しみにしていた「相馬の古内裏(そうまのこだいり)」を見逃してしまいました。人物と巨大などくろの位置関係が、金田伊功さんが描いたアニメ「幻魔大戦」終盤の1カットに似ています。

 また、どくろに描き込まれた影、「さよなら銀河鉄道999 アンドロメダ終着駅」の惑星大アンドロメダの深奥にいる炎の姿をしたプロメシュームに似ています。そういえば、劇中、メーテルとプロメシューム母子の会見の場面にも、「相馬の古内裏」に似た構図のカットがあったような気がします。

 結局のところ、金田伊功さんが日本画の影響を受けたのか否かはわかりません。しかしながら、絵巻や屏風絵、そして浮世絵関連の本を見る度、金田伊功さんのアニメーションとの類似を想ってしまいます。

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 「朝比奈小人嶋遊」。小人の大名行列を不遜な姿で見下ろす朝比奈。反骨というより茶化し、といった印象。

 「宮本武蔵の鯨退治」。悠然と泳ぐ巨鯨と卑小な人間。子供の頃に観たテレビアニメ「侍ジャイアンツ」に、似た場面があった記憶があります。

 この「宮本武蔵の鯨退治」や葛飾北斎の「神奈川沖浪裏(かながわおきなみうら)」といった、ダイナミックな海を描いた浮世絵を観ると、なぜか決まって私の脳裏で喜多郎さんの「ミステリアス・トライアングル」(NHKスペシャル「四大文明」オリジナルサントラ盤「ANCIENT」より)が鳴り響きます。

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 不思議な形で絵の中に描き込まれた生き物達。

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 「東海道五十三次」ならぬ「猫飼好五十三疋」。国芳は猫好きだったそうです。

 「没後150年 歌川国芳 【幕末の奇才浮世絵師】」の後期は、来る6月5日まで。何とか観に行けたらと思っています。


歌川国芳展
http://kuniyoshi.exhn.jp/

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by manewyemong | 2011-05-18 16:01 | | Comments(0)
 来る平成22(2010)年4月10日から5月9日まで、京都国立博物館で、没後400年特別展覧会「長谷川等伯」が催されます。

 今年が没後400年にあたる長谷川等伯(はせがわ・とうはく)は、狩野永徳(かのう・えいとく)と並んで安土桃山時代を代表する絵師です。「松に秋草図屏風」「楓図壁貼付(かえでずかべはりつけ)」といった、私が大好きなデコラティブジャパン風味を強烈に漂わす作品から、茶人千利休(せんのりきゅう)の後世におけるビジュアルイメージを決定づけたと思われる肖像画「千利休像」、巨大な釈迦涅槃図「仏涅槃図」等、等伯の作品が一堂に展示されます。

 加賀の前田利長(まえだ・としなが)が絵の中の猿に髪をつかまれたという伝説を持つ「古木猿猴図(こぼくえんこうず)」。平成8(1996)年のNHK大河ドラマ「秀吉」の中で、たしか竹中直人さん扮する木下藤吉郎が、織田信長の許可を得ずに猿をあしらった馬印(うまじるし)を作り掲げる場面があったのですが、その猿は「古木猿猴図」の猿そっくりでした。現実の時系列的に見れば「古木猿猴図」が描かれるよりも前のお話です。

 没後400年特別展覧会「長谷川等伯」の京都国立博物館での展示期間は27日間。展示期間が今回すこぶる短い上に、一身上の都合で多忙を極める時期なのですが、何とか観に行けたらと思っています。

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長谷川等伯展覧会公式サイト
http://tohaku.exh.jp/

京都国立博物館
http://www.kyohaku.go.jp/jp/index_top.html

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by manewyemong | 2010-02-27 19:00 | | Comments(0)