平成28(2016)年9月1日、コルグは卓上設置型のアナログシンセサイザーモジュール、ARP ODYSSEY Moduleを発表しました。

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 ARP ODYSSEY Moduleの姿は、鍵盤が無い事以外はARP ODYSSEY復刻機(ARP ODYSSEYが復刻されるそうですARP ODYSSEY、復刻成るARP ODYSSEY試奏記1ARP ODYSSEY試奏記2参照)とほとんど変わらず、三つの白いプロポーショナルピッチコントロールも継承しています。

 ODYSSEY ModuleとODYSSEYの関係は、nord lead 4Rとnord lead 4、nord lead A1Rとnord lead A1に似ているといえるかもしれません。

 ODYSSEY ModuleとODYSSEYの仕様上の相違点は、MIDIに関して、ノートデータ以外にピッチベンドも受信できます。プロポーショナルピッチコントローラーが苦手、あるいは、コルグのジョイスティックやローランドのベンダーレバー、各社のホイールが使いたい向きには、朗報だと思います。ODYSSEY Moduleに関して、私はこの点が最も気に入りました。

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 ARP ODYSSEY復刻機では、rev.3の姿を継承したモデルを通常色機、rev.1、2を限定生産のカラーバリエーション機としました。しかしながら、ODYSSEY Moduleは、rev.1、3のモデルが通常色機として販売されます。rev.2はありません。

 ODYSSEY Module Rev1とRev3は、カラーリングやスライダーの形状は異なっていますが、三つの型のVCF等、復刻機で新たに加えられた機能を継承しています。

 なお、ARP ODYSSEY復刻機のようなセミハードケースの付属はありません。

 ARP ODYSSEY Moduleの発売は来る10月下旬予定、価格は分かりません。既に取扱説明書を読む事ができます。


平成28(2016)年9月8日追記。

 ARP ODYSSEY Module、発売日は平成28(2016)年10月23日、価格は税込59,400円です。


平成28(2016)年11月7日追記。

 11月4日から6日まで東京ビッグサイトで催された2016楽器フェアで撮影した、ARP ODYSSEY Module Rev.1の画像を載せました。


ARP ODYSSEY Module
http://www.korg.com/jp/products/synthesizers/arpodyssey_module/

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 平成28(2016)年9月1日、コルグはアナログモデリングシンセサイザーmicroKORG Sを発表しました。

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 microKORG Sは、基本的なフォルムや仕様を、初代micro KORGから継承しています。

 しかしながら、筐体を優しい白をベースにし、今までなら、例えばKORG RADIASminilogue等がそうであったようにコントラストをつけるべく黒くしたであろうつまみやホイールも、同じ色に統一しています。

 側面の化粧板は、これまでのmicro KORGがローズウッドだったのですが、microKORG Sは明るい色のメープル素材です。

 音色の選択はこれまでのmicro KORGが、プログラムセレクトの八つの項目を選択し、バンクサイドA/Bを指定し、1~8のプログラムボタンを押すという形だったのですが、microKORG SはバンクサイドA、Bに、新規プログラム64種を追加したC、ユーザーエリア、すなわちイニシャル状態64のDが加わりました。バンクサイドDは、特にプリセット音を上書きせず残しておきたい向きには朗報だと思います。もちろんこれまで同様、サイドA、B、Cもユーザーのオリジナル音色を上書きできると思います。

 また、いわゆるお気に入りの音色8種を登録する、フェイバリットセレクト機能も加わっています。登録は目的のプログラムナンバーボタンを長く押し続けるだけです。登録した音色の呼び出しは、バンクサイドボタンを長めに押し続けると、バンクサイドボタンがオレンジ色に点滅し始め、プログラムセレクトボタンが八つとも点灯します。その中から目的の音色を選びます。

 microKORG Sには、ステレオ + ウーハーのスピーカーが内蔵されています。YAMAHA reface CSを内蔵スピーカーで試奏した時、音量を上げていくと筐体が軋みだして感動したのですが、microKORG Sでもその感覚を味わえるかもしれません。

 もう一つ、micro KORGとの相違点があります。ロゴに関して、micro KORGは「micro」と「KORG」の間に小さなブランクがあるのですが、microKORG Sは詰まっています。

 足す所も引く所も無いと思っていたmicro KORGに、コルグさんがそこはかとなく具を加えてくれた事が嬉しい。これまで、micro KORG-BKBK、BKRD、micro KORG GDと来ましたが、誘惑に負けず我慢してきた甲斐がありました。

 microKORG S、来る9月下旬発売予定、価格はわかりません。既に取扱説明書を読む事ができます。


平成28(2016)年9月8日追記。

 microKORG S、発売日は平成28(2016)年9月25日、価格は48,000円(税別)です。


平成28(2016)年9月26日追記。

 わずかな時間ですが、microKORG Sに触れる事ができました。

 micro KORGの真横での展示だったので、両機を見比べる事ができました。若干の性能差や価格差を度外視するにしても、どちらかを選ぶという局面があるならば本当に迷いますね、どちらも素晴らしいので。しかしながら私はmicro KORG GDが良いかな。

 内蔵スピーカーでの試奏だったのですが、静かとはいえない楽器店の店先で十分音を聴く事ができました。また、特に低音を出した時の筐体の軋みは心地よいのですが、日本の住宅事情を考えると、どこでも行って良いという事でもないと思います。しかしながら、初代からの電池駆動に加え、スピーカーを内蔵した事で、忘年会やお花見といった日本的な催しに、micro KORGという素晴らしいシンセサイザーを携えて行けるようになりました。

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 既にフライヤーが頒布されていました。


平成28(2016)年11月27日追記。

 記事冒頭に、2016楽器フェアで撮った画像を載せました。


microKORG S
http://www.korg.com/jp/products/synthesizers/microkorg_s/

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 implant4さんで、アナログモデリングシンセサイザーRoland Boutique JU-06を試奏させていただきました。新品としか思えない美品でした。次回の在庫リスト更新でアップされると思います。

 ちなみに平成28(2016)年8月26日の時点で、implant4さんの店内にはBoutique3機種全てが箱付きの状態でありました。

 JU-06は他のRoland Boutique同様、既に製造終了が伝えられているのですが、平成28年8月26日の時点で、国内の複数軒の楽器店さんで新品購入が可能です。

 Roland Boutiqueシリーズは、Roland Boutique JP-08、JX-03、JU-06が出ますRoland Boutique JP-08試奏記Roland Boutique JX-03試奏記で採り上げています。

 JU-06の元になったアナログシンセサイザーRoland JUNO-106について、Roland Boutique JP-08、JX-03、JU-06が出ますで少し触れています。

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 フロントパネルを見ていきます。

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 横一列に並んだ音色設定操作子のスライダーは、JP-08同様自照式です。JUNO-106と比べると、演奏操作子として使うにはやや小さすぎですが、細かい設定にこだわる、演奏時に鍵盤やコントローラー、アサイナブルボタン以外にはめったに触れないという、要するに私のような人間にとって、必ずしも悪くない形状です。

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 電源を投入するとマニュアルボタンが点灯し、現在の音色設定操作子の状態の音色が、発声に反映されます。

 バンクボタン1~8とパッチナンバーボタン1~8の組み合わせで、記憶されている音色設定を呼び出すのですが、バンクボタン、パッチナンバーボタンとも、押し込まれたボタンがニュートラル位置に戻った時点、つまり、指がボタンから離れた状態になって初めて選択が確定されます。

 記憶された音色が呼び出された時点で、マニュアルボタンのランプが消えます。

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 Roland Boutiqueシリーズの演奏性やルックスに興趣を添えているリボンコントローラー。

 左側のリボンコントローラーC1がピッチベンドを、C2がモジュレーションをコントロールする事、指が触れる位置に右横のランプが追従する事等、他のBoutiqueと同じです。

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 LFO。

 レイトとディレイタイムのみで、波形の選択はできません。

 ディレイタイムは額面どおり、押鍵からモジュレーションが実行され始めるまで時間を設定します。ただ、ディレイタイム実行後、設定したモジュレーションデプスに達するまでに、若干のフェイドインタイムが既定値として入っていると思われます。唐突感を無くし、モジュレーションを有機的なものにしています。

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 オシレータ。

 波形は矩形波を含むパルス波と鋸歯状波。オン/オフが設定できる、つまりオシレータを無効化できるという事で、フィルターの自己発振が可能という事になります。

 パルスウィズモジュレーションのソースはLFOだけです。私としてはJUNO-106ではなく、Roland JUNO-6、JUNO-60のPWMのようにENVも加えていただきたかったところです。

 ただ、このLFO変調によるPWMと有名なJUNOコーラスの組み合わせが、アナログJUNOシリーズやBoutique JU-06の大きな魅力だと思います。

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 フィルター。

 ハイパスフィルターのカットオフフリケンシーは、JUNO-106、JUNO-60では4段階でしか設定出来なかったのですが、JU-06はJUNO-6同様、0~最大値までをスライダーで連続的に設定できます。

 ローパスフィルターは、自己発振させてサイン波を得る事ができます。キーボードフォローを最大値にすると、スケールが平均律になります。デジタル故か、きっちり平均律になりました。

 フィルターを自己発振させ、鉄琴かオルゴールを柔らかくしたような音にディレイビブラート(この場合、フィルターモジュレーション)がかかった音色を作り、喜多郎さんの「菩提樹」(アルバム「天竺」より)のオスティナートを弾いたのですが、雰囲気がよく出ました。

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 アンプ、ENV。

 ENVは、ローパスフィルター、アンプでのみ共用されています。オートベンドやモジュレーションの径時変化等のソースにはなりません。

 アナログJUNOシリーズは、アナログシンセにしてはENVが素直に変化してくれたのですが、もちろんJU-06はその事を継承しています。

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 内蔵エフェクターは、コーラス1、2、デジタルディレイがあります。

 JUNOコーラスとして知られる二つのコーラスは、JUNO-106の場合、どちらか一つしか使えなかったのですが、JU-06はJUNO-6、JUNO-60同様併用する事ができます。効果の風合いにアナログJUNOとの違和感がなく、音声のステレオ出力が活きます。かつてimplant4さんでJUNO-6を試奏させていただいた時と同様、しばし、あの頃に浸らせていただきました。

 また、マニュアルボタン + 12でコーラスエフェクトに混ざるノイズを選択することができます。1がオフ、2がハーフ、3がオリジナル。

 ディレイはJUNO-106には無かった機能。JX-03同様、マニュアルボタン + 14で元音とディレイ音のバランス、マニュアルボタン + 15でディレイタイム、マニュアルボタン + 16でフィードバック数を選択します。これらパラメーターを選択した後、マニュアルボタンを押したまま1~16ボタンを選択する事でバリューを入力(選択)します。16段階の設定という事です。

 コーラス2ボタンは、リボンコントローラーC1、C2と併用する形で、ポルタメントの設定に使います。コーラスボタンを押しながらC1の上方に触れるとオン、下方はオフ、C2でポルタメントタイムを設定します。

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 ポルタメントがどういう状態であるかを視認するには、コーラス2ボタンを押しっぱなしにします。リボンコントローラーC1のライトが灯っていればポルタメントがオン状態である事を、C2のライトの長さはポルタメントタイムを示します。

 ポルタメントのカーブは非リニア変化でした。Roland Boutique JX-03試奏記でも触れましたが、Boutique JX-03、JU-06は、非リニア変化のポリフォニックポルタメントがかけられるモデルとしては、シンセサイザーの歴史上、最も安価である可能性があります。

 また、コーラス2ボタンを押しっぱなしにした状態の時、キーアサインモードの、ソロ、ユニゾン、ポリフォニックのうち、選択されているボタンのライトが灯ります。

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 リアパネル側。

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 Micro USB、ヘッドフォン、音声出力、音声入力、の諸端子群及びマスターボリューム。

 USBはMIDIだけでなく音声も扱う事ができます。音声出力はステレオ。音声出力、ヘッドフォン端子ともミニプラグです。音声入力はここから入れた音声信号をJU-06で加工するといったものではなく、音声出力やヘッドフォン端子から出力されます。

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 MIDI OUT、IN端子、「RRoland」のロゴ。

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 他のBoutiqueよりパラメーター構成が簡便であるという事で、アナログJUNOシリーズ同様、マニピュレーション上で誰かの個性を汲んでくれるという可能性は低いシンセサイザーだと思います。しかしながら、ステレオ音場の端で、あるいはMIDIを介して他のシンセと組み合わせて一つの音色を作ったりと、隠し味に使うと映えるモデルのような気がします。

 Boutique3機種全てに思うのですが、サイズも形状も大きく異なる故に、元になったシンセサイザー達との操作感の違いは如何ともし難いのですが、出音に関して、似ているか否かでいえば、かなり良い線をいっているのではないでしょうか。無論、似ている事が全てではありませんけど。

 設定が簡便な音色をわざわざワークステーション機でマニピュレーションするくらいなら、JU-06で行った方が事は速く済む、ポリフォニックポルタメントを非リニア変化でかけられる、筐体が小型であり邪魔にならない、そして、価格が安い事を以って、JX-03と併せて導入を検討してみようかなとふと思いました。


Roland Boutique JU-06
https://www.roland.com/jp/products/ju-06/

Roland Boutique
https://www.roland.com/jp/promos/roland_boutique/

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 implant4さんで、アナログモデリングシンセサイザーRoland Boutique JX-03を試奏させていただきました。

 既にimplant4さんの在庫リストに載っています。発売から日が経っていない事もあり、美品でした。

 Boutiqueシリーズに関して、Roland Boutique JP-08、JX-03、JU-03が出ますRoland Boutique JP-08試奏記Roland Boutique JU-03試奏記で採り上げています。

 新発売時のアナウンスにもあったとおり、Boutiqueシリーズは数量限定生産であり、既に製造は終了しています。しかしながら平成28(2016)年8月22日現在、少なくとも国内のいくつかの楽器店さんで、Boutiqueシリーズ3機種の新品購入が可能です。

 Roland Boutique JX-03をについて記していきます。Boutique JX-03の元になったアナログシンセサイザーRoland JX-3Pに関して、Roland Boutique JP-08、JX-03、JU-03が出ますで少し触れています。

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 JX-03フロントパネル全景。

 二つのリボンコントローラー、JX-3PというよりPG-200を彷彿とさせる音色設定操作子群、横一列に並んだボタン群から成っています。

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 JP-08がENVが二つある等パラメーターが多い事と、元になったアナログシンセRoland JUPITER-8がそうであった事を以って、音色設定操作子にスライダーが採られています。その小ささ故に、演奏中、頻繁に音色設定操作子に触れる向きには、やや操作がしづらいかもしれませんが、JX-06のツマミは比較的その事に耐えうるのではないかと思います。

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 リボンコントローラー。

 左のリボンコントローラーC1はピッチベンド、右のC2はモジュレーションの操作子です。

 演奏操作子だけでなく、他のボタンとの組み合わせで音色設定操作子にもなります。

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 二つのオシレータ。

 JX-3Pのものに、サイン波、三角波、そして、オシレータ1にはピンクノイズ、オシレータ2にホワイトノイズが加わっています。JX-03のフィルターは自己発振しないので、サイン波はオシレータのものを使う事になります。

 通常、二つのオシレータのオクターブやチューニング、波形を完全に同一にした場合、干渉し合う現象が出るのですが、JX-03はやや音量が大きくなる以外、単に一つのオシレータが発声しているような状態になります。クロスモジュレーションのシンクロがオフの状態であってもです。

 二つのオシレータ個別に、LFO、ENVをかけるか否かのを設定できます。特にクロスモジュレーションの設定をより複雑にする事ができます。

 クロスモジュレーションの効果の種類が、シンクロ、メタルとも二つに増え、さらにリングモジュレーションが加わっています。JX-3PからJX-03への最大の変更点だと思います。オシレータ波形の増装と併せて、クロスモジュレーションの可能性が広がったと思います。

 JX-3PはDCOのシンセサイザーとしては、初めてクロスモジュレーションを搭載したアナログシンセであり、当時、他機種とは異なる安定感のあるクリアな金属的な音を出せたので、楽器店で触れるおり、それっぽい音ばかり作っていました。今回、試奏しているうちにその頃作った音の事が思い出されたのですが、違和感なく再現できました。そういえば、Roland JX-3Pが現行機だった頃、楽器店の店先にあった展示機には、たいていPG-200が装着されていました。

 JX-3PはDCO2にのみパルスウィズを設定する事ができました。ソースミックスをDCO2側に振り切る、つまりDCO2のみ聴こえるようにし、クロスモジュレーションをシンクロ、チューンつまみでデューティー比を決める、という流れなのですが、JX-03の取扱説明書にはその記述がありません。この方法が使えるか否か試す事を忘れました。

 ビブラート及びENVのデプスは二つのオシレータで共用します。ENVはリバース曲線をかける事もできます。

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 フィルター。

 JX-3Pに倣って「VCF」と表記されていますが、無論フィルターはデジタルです。

 オシレータ1と2のバランスはこのセクションのソースミックスで決めます。双方のレベルを個別で設定できないシンセの常として、JX-03のフィルターは自己発振しません。

 ENVデプスはリバース曲線をかける事ができます。

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 JX-3P(というよりPG-200)、JX-03は、ローランドのアナログ、アナログモデリングシンセでは珍しく、周期変化、径時変化のセクションが隣り合って配されています。 

 LFOの波形に関して、JX-3Pのものに加え、正逆鋸歯状波、ノイズがあります。

 最近のアナログ及びアナログモデリングシンセでは珍しいのですが、フェイドインタイムではなくディレイタイムがあります。しかしながら取扱説明書の記述を読むと、これがフェイドインタイムのように書かれています。今回試したところ、やはり押鍵から効果が始まるまでの時間、ディレイタイムの設定でした。ちなみにJX-3Pの取扱説明書にはそう書かれています。

 私としてはここにあるパラメーターはフェイドインタイムよりディレイタイムの方がありがたい。押鍵から一定時間モジュレーションがかからない期間が必要だからです。ここも、私がRoland Boutique JX-03の仕様を買っている理由の一つです。

 アナログシンセのモジュレーションに関して、ディレイタイム実行終了と同時に設定されたモジュレーションデプスがかかるのではなく、若干のフェイドインタイムに類する効果がありました。理由は、アナログシンセの構成が、仮にソース側がデジタルであってもディスティネーション側が電圧制御故に、効果が必ず0から始まるだからと思われます。もちろんその時間を、奏者やマニピュレータの意図を呈する形で設定する事はできません。ワークステーション機の場合、ディレイタイムのみを設定しフェイドインタイムを0にすると、変調の効果に唐突感が出てしまいます。

 ちなみにBoutique JP-08のLFOのディレイタイムは完全なフェイドインタイムでした。

 LFOが発声数分、つまり4つあるか否かの調査を忘れました。ディレイタイムを設定して、1声づつ全4声押鍵していった時、押鍵の都度リトリガーされるのであれば一つしか載っていないという事になります。多くのアナログポリフォニックシンセがこれにあたるという事を、アナログポリシンセのLFOをつぶやくで記しました。

 ENVは一つ。オシレータ、フィルター、アンプで、この一つのENVを共用しています。


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 音色設定操作子群の下に、A~Cのバンクボタンと、1~16のパッチボタン、コーラスボタン、マニュアルボタンが、横1列に並んでいます。音色のの呼び出し以外に、これらのボタン群の組み合わせで様々な設定をします。

 JX-3Pのフロントパネル奏者寄りの部分に、これらに相当する金属製のボタン群が並んでいたのですが、それらが錆びた中古機を割と早い段階(20世紀末)でよく見かけました。

 ポルタメントのオン/オフを、コーラスボタン + リボンコントローラーC1で行います。JX-03のトグルスイッチのことごとくが、上げるとオン、下げるとオフなのと同様、C1の上の方を触れるとオン、下の方だとオフになります。

 ポルタメントタイムはコーラスボタン + リボンコントローラーC2で入力します。C2の上の方を突くほど長くなります。スライダーを上げ下げする要領でC2を上下にドラッグする事で、ポルタメントタイムをリアルタイムに変更する事ができます。

 JX-03のポルタメントのカーブは非リニア変化です。昨今はアナログシンセKORG minilogueSEQUENTIAL prophet-6等ですらリニア変化。VCOでのリニア変化はそれはそれで画期的な事なのかもしれませんが、ワークステーション機をはじめ多くのデジタルシンセがリニア変化である以上、非リニア変化を、できればポリフォニックで欲しいところでした。

 YAMAHA reface CSのポルタメントのカーブは、 かつてのYAMAHA CS-5CS-15等を彷彿とさせる素晴らしいものなのですが、あくまでモノフォニックのポルタメントです。

 Roland Botique JX-03、JU-06は、非リニア変化のポリフォニックポルタメントがかけられるシンセサイザーの歴史上、最も安価な製品である可能性があります。

 内蔵エフェクターには、コーラス、そして、JX-3Pには無かったデジタルディレイがあります。

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 コーラスはコーラスボタンでオン/オフするのみですが、マニュアルボタン + 12でコーラスエフェクトに混ざるノイズを選択することができます。1がオフ、2がハーフ、3がオリジナル。

 ディレイは、マニュアルボタン + 14で元音とディレイ音のバランス、マニュアルボタン + 15でディレイタイム、マニュアルボタン + 16でフィードバック数を選択します。これらパラメーターを選択した後、マニュアルボタンを押したまま1~16ボタンを選択する事でバリューを入力します。16段階の設定という事です。

 16ステップシーケンサーは、試し忘れました。


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 リアパネル側。

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 Micro USB、ヘッドフォン、音声出力、音声入力、の諸端子群及びマスターボリューム。

 USBはMIDIだけでなく音声も扱う事ができます。音声出力はステレオ。音声出力、ヘッドフォン端子ともミニプラグです。音声入力はここから入れた音声信号をJX-03で加工するといったものではなく、音声出力やヘッドフォン端子から出力されます。

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 MIDI OUT、IN端子、「RRoland」のロゴ。

 国産MIDIシンセサイザーの歴史が、Roland JX-3PとJUPITER-6から始まった事を考えると、今、こういう形でJX-3Pが復刻された事に感慨深いものがあります。

 発声数が4である事等、Roland AIRA SYSTEM-1に準拠している感があるので、あるいは、Rolnad Boutiqueに関してPLUG-OUT化があるのではないかと思っています。しかしながら、二つのリボンコントローラーや、何より各シンセのパラメーター構成に則った姿をしているBoutiqueは、今、製造を終えるのは惜しい気がするシンセサイザーです。

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 製造が終わった後に、世間から絶大な評価が下されるという体験を、ローランドさんほど味わい続けているシンセサイザーメーカーはないと思うのですけどね。


Roland Boutique JX-03
https://www.roland.com/jp/products/jx-03/

Roland Boutique
https://www.roland.com/jp/promos/roland_boutique/

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 平成28(2016)年5月5日、作曲家・シンセサイザー奏者の冨田勲さんが亡くなりました。

 冨田勲さんは、昭和7(1932)年4月22日東京生まれ。慶応大学在学中から作曲活動を始めました。テレビや映画のBGMを書く、所謂劇伴音楽家としてのキャリアが、量及び期間とも大と思われます。

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 ただ、私が冨田勲(とみた・いさお)さんのお名前と成果物をはっきり意識したのは、moog III p、system 55、Roland SYSTEM-700といったシステムシンセサイザー(KYOTO FESTIVAL of MODULAR 2015に行ってきました 参照)等とMTR(マルチトラックレコーダー)を駆使して、一人多重録音という形で制作されたアルバム「ダフニスとクロエ」(作曲:モーリス・ラヴェル)でした。

 その事もあり、私としてはこの記事において、シンセサイザー奏者としての冨田勲さんについて触れたいと思います。

 なお、冨田さんは1980年代初頭、ご自身の職業というか肩書きを、“サウンドパフォーマー”(音の演出家)としていました。古山俊一さんの「シンセサイザーここがポイント」(昭和57:1982年音楽之友社刊)の裏表紙のコメント等で、その表記が見えます。

 昭和54(1979)年のクリスマスに知人宅に行ったおり、そのかなり年上の兄上の部屋で、冨田さんの「ダフニスとクロエ」を聴きました。音に誘われるように勝手に部屋に入ってきた私が神妙に聴いている事に気付いた兄上が、「この鳥のさえずりやらバイオリンやら口笛やら清流の音やら…みんなシンセサイザーっていう楽器から出てるんや。たくさんの音が同時に鳴ってるけど、弾いている人は一人なんや」と説明してくれました。

 これがシンセサイザー奏者としての冨田勲さんの作品、そして、シンセサイザーという楽器や一人多重録音という手法に興味を持った瞬間でした。

 小学6年生だったその冬休みを、私はもっぱら冨田さんやシンセサイザーについて調べる事に費やしました。件の兄上にレコードを借りたり、本屋でシンセ関連の書籍を立ち読みし、そして、生まれて初めて楽器店に出かけてシンセサイザーに触れました。昭和55(1980)年、1980年代の幕開けを、冨田さんやシンセサイザーに対する関心が脳裏に満ちた形で迎えました。

 アルバムライナーノーツでの冨田さんの言葉や実際にシンセに触れてみて、他の楽器と根本的に異なり、この楽器には固有の音が無く、自分で作る事ができる、そして多重録音という方法を使えば、自分一人でバンドやオーケストラを持つ事ができるという事を理解しました。それまで楽器演奏に全く興味がありませんでしたが、自分の楽器はこれしかないと思いました。

 そして、意識してテレビやラジオから流れてくる音楽や効果音を聴いてみると、実はその時点で既にシンセサイザーはかなり使われていました。しかしながら、それらが私の心に響かなかったのは、冨田さんのシンセと異なり、それらの音がシンセ音である事を誇示するような、特性を押し出す、あるいはそれに依拠した感のあるものばかりだったからでした。

 本来“有機的”という言葉に対義語は無かったはずなのですが、シンセ関連の書籍で“無機的”という言葉が使われ始めていました。いつの間にか私の周りにあふれていたシンセサイザーを使った音楽や音は、遺憾ながら無機的でした。

 冨田さんのシンセ演奏には、音色の径時変化の緻密なシナリオ、丁寧な音量のコントロール、擦弦楽器風の音色で弓の返し時のような音の途切れが入れられていて、マニュアル感がありました。また、最初に気づかされたのは東祥高さんや姫神せんせいしょんの吹奏楽器風の音色でしたが、冨田さんのそれにも、息継ぎの間(ま)がありました。シンセには弓の返しも息継ぎも物理的に全く必要ありませんが、冨田さんの脳裏で鳴っている音色は、弓は上げ下げされ、息を吹き込めば今度は吸いたくなるという現象が起きていて、それをシンセに込めたのではないかと思いました。

 平成10(1998)年のある深夜、野村芳太郎監督の映画「しなの川」(昭和48:1973年)のテレビ放映を観ました。冒頭鳴りだしたオーケストラとコーラスの音楽が、なんだか冨田さんのシンセ作品のような雰囲気だったのですが、オープニングスタッフロールに「音楽 冨田勲」と出ました。楽器が変わっても冨田さんの音の特徴は現れるという事を知りました。

 また、私は聴けていないのですが、かつて冨田さんが編曲した「展覧会の絵」(作曲:モデスト・ムソルグスキー)が、後のシンセ版アルバム「展覧会の絵」とそっくりだという話も目にしました。

 minimoog(ミニモーグ、否、この場合、ミニムーグと発した方がいいでしょうね)の音、prophet-5の音…あるはずの無い“シンセサイザーの音”とやらが汎世間的に凝固して、皆で仲良く使いだして今に至っているのですが、冨田さんはアコースティック楽器や人声ですら、音にご自分をにじませる事ができていました。

 そういえば、冨田さんの有名な言葉、
このシンセサイザーはどんな音がするのかという質問は、このバーベキューセットはどんな味がするのかと言っているのと同じ事
は、シンセサイザーの音はその奏者の中にあるはずという考えを、端的に表現していると思います。

 私が冨田さんやシンセに興味を持った頃、デジタルシーケンサーは世に出ていたのですが、それを使った音楽のことごとくが、いかにも打ち込みといったものばかりでした。冨田さんの「ダフニスとクロエ」は、その演奏の多くをデジタルシーケンサーRoland MC-8で行なっていたのですが、手弾き以上の繊細な表現が為されています。デジタルシーケンサーの特性に乗っかった無機的な表現ではなく、脳裏で起こっている事をMC-8に打ち込んだという事だと思います。

 ちなみに1980年代初頭、ご自身をキーボーディストだと思いますか、という問いに対して冨田さんは、
キーボードを鍵盤だけでなくMC-8のテンキーも含めるという事でしたら、私はキーボーディストでしょうね
と答えています。

 それにしても冨田勲さんが、なぜかくもオリジナリティを発露させ続ける事ができたか…もちろん先天的な適性が大だとは思うのですが、それ以外に、冨田さんが昭和7(1932)年生まれ、つまり、所謂昭和ヒトケタであるという事も関わりがあると思います。

 冨田勲さんは、昭和20(1945)年8月15日の終戦を13歳で迎えました。この世代は、あの日を境の世の中の価値観の変化をうまく受け入れられず、その後、種々のセオリーを信じきれないところがあるといいます。

 こうだと決まっていたものが、ある日突然覆(くつがえ)された、という体験は、その後、少なくとも音楽家としての冨田さんに、むしろプラスに働いたのではないでしょうか。

 クラシックはこういう形で演奏されなければならない、オーケストラの各楽器は音場上この位置に配されて聴こえていなければならない、シンセサイザー等電子楽器の音は「ピコピコ」「ブー」「ジュイ〜ン」「トキオ!」でなければならない…明確に定められた形(かた)であれ、世間がいつの間にか作り上げた“なんとなく”なお約束であれ、それらは自分の外での事であって、クラシック音楽をシンセで弾く、シンセに弓の上げ下げをさせる、息継ぎをさせるといった事は、自分がしたいからするのだ、という事なのだと思います。

 私から見て、シンセサイザーの音色で自分の世界を構築できたプロの演奏家のことごとくが日本人なのですが、その幾人かは既に奥津城の人になってしまいました。今、この訃報に接して、作品が残る限り冨田さんが精力的に活動している音楽家である事に変わりはないと思いつつも、シンセサイザーの使われ方に、残念ながら一つの終わりが来たという事を実感せざるをえません。

 子供の頃から今に至るまで何をやっても長続きしない私が、シンセサイザーとだけはこうしてつきあっている事、あげくこんなブログを10年以上書いている事は、原点が冨田勲さんだったからだと思います。

 私が持っている冨田作品の中で最も新しいものは、アルバム「惑星 ULTIMATE EDITION」なのですが、「銀河鉄道の夜」や、私が冨田さん、否、人類がシンセサイザーで演奏した音楽の中で最も美しい作品だと思っている「亡き王女のためのパヴァーヌ」を収めたアルバム「オホーツク幻想」等、冨田さんの近作も手にしたいと思います。

 素晴らしい音楽を聴かせてくれた事に感謝いたします。冨田勲さんのご冥福を祈ります。

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# by manewyemong | 2016-05-10 22:57 | 音楽 | Comments(0)
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 平成28(2016)年4月9日から5月22日まで奈良国立博物館で催されている、特別展「信貴山縁起絵巻 朝護孫子寺と毘沙門天王信仰の至宝」を観てきました。

 私にとって絵巻というテーマの特別展は、平成18(2006)年4月24日から6月4日まで京都国立博物館で催された「大絵巻展」以来です。

 「信貴山縁起絵巻(しぎさんえんぎえまき)」は、平安時代中期、信貴山に修行した命蓮(みょうれん)という僧の、仏教説話というよりは多分に神仙譚のような伝説的なエピソードを絵巻に描いたものです。

 「信貴山縁起絵巻」は、平安時代後期に成立し、永く信貴山の朝護孫子寺(ちょうごそんしじ)に伝わり、現在は奈良国立博物館に寄託されています。

 私と「信貴山縁起絵巻」の出会いは、私が小学校へ入学したおり、親からプレゼントされた学習百科大事典(学研)第1巻「日本の歴史」の、奈良~平安時代の記述の中に使われた数点の資料画像でした。「尼公巻」の大仏殿の場面等がありました。

 また、それより後、澁澤龍彦(しぶさわ・たつひこ)の「東西不思議物語」(河出文庫)19章「リモコンの鉢のこと」で、「山崎長者巻」の、空を飛び、物を運ぶ鉢の話を知りました。

 その後、中学校の図書室の美術関係の蔵書の中に、「信貴山縁起絵巻」に関するものを見つけました。

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 「信貴山縁起絵巻」は、「山崎長者巻」「延喜加持巻」「尼公巻」の3巻から成っています。今回の特別展では、この3巻を期間中入れ替えなく同時に観る事ができます。

 「山崎長者巻(やまざきちょうじゃのまき)」は、「飛倉巻(とびくらのまき)」とも呼ばれ、信貴山から飛来する托鉢鉢へのお布施を長者が渋ったところ、鉢が長者の蔵ごと運び去ってしまい、長者達が命蓮の元へ行き、蔵の返還を要求すると、今度は蔵の中の米俵群が長者の家へ飛び帰る、という顛末を描いています。澁澤龍彦の「リモコンの鉢のこと」はこれです。

 ちなみに山崎とは、後世、羽柴秀吉と明智光秀が合戦した場所。山崎から信貴山までは直線で約34kmあります。

 空飛ぶ鉢が倉を運び去る、あるいは米俵群が飛来する光景に慌てふためく人々の表情が、どこか面白おかしく、そして、いきいきと表現されています。

 昭和56(1981)年夏に公開されたアニメーション映画「さよなら銀河鉄道999 アンドロメダ終着駅」終盤、主人公によって救出された“生身の人間”達を乗せて発車した999号が、追って来た戦闘衛星によって最後尾から1両づつ客車が撃ち落とされていく場面、前の車両へと退避していく生身の人間達の描写が、この「山崎長者巻」の人々の動きや表情にそっくりです。ほんの一瞬のカットだったのですが、スクリーンを見ながら思わず「これ飛倉巻や」とつぶやいたのを憶えています。

 このカットを含め、この一連の場面を描いたアニメーター金田伊功(かなだ・よしのり)さんの作風に浮世絵等日本画との類似を指摘する、村上隆(むらかみ・たかし)さんのような人達がいる事を、インターネットを使い始めて知りました。絵巻と似ていると感じた私の感性も、それなりに先見の明はあったという事でしょうか。

 「延喜加持巻(えんぎかじのまき)」は、醍醐天皇(延喜帝:えんぎのみかど)が病を得たおり、信貴山へ勅使が派され、命蓮自らは信貴山から出ずに加持祈祷し、帝の病気平癒時に剣の護法が姿を表し、それを嘉(よみ)すため再派された勅使に、命蓮は何も望まない旨を奉る、という顛末を描いています。

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 あまりにも有名な剣の護法のフライトシーンや、剣の護法が空から御所敷地内へ降下して一瞬だけ醍醐天皇の前に姿を見せる場面も素晴らしいのですが、私は「延喜加持巻」において描かれている洛中の人々や牛馬が好きです。

 袈裟を着た高僧達が宮中の門に入っていく場面、僧達の後ろに従う者の中に、後ろを振り返っている長髪を束ねた髭面の男がいます。なんだか20余年前に凶悪な事件を起こした某カルト教団の教祖に似ています。さらにその後ろからついてくる格子縞の衣の少年の容貌、まるで昭和のアニメの脇役みたいです。私が初めて「信貴山縁起絵巻」を観て以来、気に入っている登場人物の一人です。

 醍醐天皇快癒を嘉す勅使が命蓮の庵で会談している場面、庭で控えている従者の中に、爪先立って中の様子をうかがおうとしている者がいます。この男も私が気にっている登場人物の一人です。

 登場人物各々のポーズに、何かしらのストーリーが込められている気がします。「信貴山縁起絵巻」の魅力の一つは、貴賎問わず全てのキャラクター達に対する、描き手の優しい目線が感じられる事だと思います。

 「尼公巻(あまぎみのまき)」は、幼少時に東大寺授戒の為に故郷信濃を出て、そのまま消息を絶った命蓮を探しに、姉の尼公が信濃から大和まで旅して、東大寺大仏殿の毘盧遮那仏のお告げで信貴山中に命蓮を探し当て、共に暮らすという顛末を描いています。

 深い山道から人里に下り、民家の縁側で尼公がブーツのような履物を脱いでいる場面、馬の背から直接縁側へ降りた事を示しています。また、尼公を乗せてきた馬が、鞍を外されるのを嬉々として待っている表情が、何だか現代の漫画やアニメに見えてしまいます。

 この後、尼公がこことは別の民家の土間で休む場面、土間奥に猫が描かれているのですが、この猫、本邦初の、絵に描かれた猫なのだそうです。

 旅が進むにつれ、馬、二人の従者が絵巻に登場しなくなり、尼公の旅装も軽くなっていきます。あからさまな表現ではないものの、この旅が辛苦に満ちたものである事をうかがい知る事ができます。場面毎の登場人物たちの表情がいずれも明るい故に、かえってその事が胸に迫ってきます。描き手が登場人物達を愛しているのは間違い無いと思います。

 大仏殿での毘盧遮那仏のお告げに従い、霞の中を時に立ち止まりながら杖をついて一人歩む小さな尼公、やがて行く手に見えてきた信貴山…絵巻の内容同様、絵巻の描き手も己が仕事のエピローグが近づいている事を意識したかもしれません。

 信貴山へたどり着いた尼公が、命蓮と再会し、それを喜び、共に修行し、暮らしていくという顛末が、所謂異時同図で表現されています。異時同図(いじどうず)とは、その場面での異なった時間に起きた事柄を1カットの中に描きこむ表現方法です。この「尼公巻」において、大仏殿の場面でも採られています。そちらの方が有名だと思います。

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 特別展「信貴山縁起絵巻 朝護孫子寺と毘沙門天王信仰の至宝」は、「信貴山縁起絵巻」 の他に、「粉河寺縁起(こかわでらえんぎ)」や奈良国立博物館所蔵の「地獄草紙」等の絵巻、毘沙門天信仰、朝護孫子寺と縁の深い聖徳太子や後世の武家に関するもの等が展示されています。

 これらを含めて、この特別展「信貴山縁起絵巻 朝護孫子寺と毘沙門天王信仰の至宝」そのものが、10年前の「大絵巻展」同様、まるで一巻の長大な絵巻を観ているような感覚にとらわれました。

 特別展「信貴山縁起絵巻 朝護孫子寺と毘沙門天王信仰の至宝」の会期は、5月22日まで。私は「躍動する絵に舌を巻く 信貴山縁起絵巻」(泉武夫著、小学館刊)を持っているので、図録を諦めたのですが、何だか欲しくなってきました。会期中にもう一度この特別展を参観し、図録も買おうかと思っています。また信貴山朝護孫子寺もお詣りできればと思っています。


特別展「信貴山縁起絵巻 朝護孫子寺と毘沙門天王信仰の至宝」
http://www.narahaku.go.jp/exhibition/2016toku/shigisan/shigisan_index.html

「躍動する絵に舌を巻く 信貴山縁起絵巻」(泉武夫著、小学館刊)
http://www.shogakukan.co.jp/books/09607020

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# by manewyemong | 2016-04-24 11:21 | | Comments(0)