姫神せんせいしょんのアルバム「姫神」の2曲目「七時雨(ななしぐれ)」のメロディの音は、「ポ〜ン…」という、やや間延びした減退音ですが、これはコルグのアナログシンセサイザーKORG Polysixで出しています。アナログシンセ時代、私はこの音を同社がPolysixとほぼ同時期に発売したMono/Poly出していました。

 この音のオシレータの波形はtriangle(三角波)です。現在各社から出ているワークステーションタイプのシンセには必ずこの波形は収められていますので、容易にシミュレーションできます。ピアノやビブラホンといった減退音系の音色プログラムからエディットしていくとよいでしょう。

 KORG Polysix、というより1970年代半ばから1980年代初頭の国産のアナログシンセ民生機の音質は、内外の高級機に比べて、輪郭がややぼやけた(それが魅力でもある)感じがします。デジタルシンセでその感じを出す為にはフィルターおよびそのEGの設定は重要です。デジタルシンセだと「ポーン…」ではなく「コーン…」になりがちです。フィルターでのカットオフポイントと音色変化の度合いを決めるEGデプスの関係にも注意を払ってください。

 昨今のワークステーションシンセには、100を超えるマルチエフェクターとは別に、音声回路の最後の方でイコライジング機能を持たせています。何か元ネタがあって、そこからエディットしていく形で音作りをする人が、元ネタのイコライジング機能の設定をさわらないまま、「フィルターをどういじっても、音の感触が、ねらったものとちがう」と言っていることがあります。音色設定をするにあたって、イコライジング機能を“0”にしておくといいと思います。デジタルシンセはパラメーターが豊富で、それが音色作りをする上で混乱の元にもなるわけですが、だからこそ豊かな音色バリエーションが引き出せるわけです。お手持ちのシンセの機能を細部まで把握しておく事は重要です。

 sine(サイン波)やtriangle(三角波)、square (矩形波:くけいは)は、saw(鋸歯状波:きょしじょうは)やpulse(非対称矩形波)と違い、フィルターでの派手な音色変化はありません。また、KORG Polysixは、VCFとVCAのEGが共通なので、デジタルシンセでもフィルターとアンプのEGを同じ数値に設定しておいても構わないと思います。しかし、デジタルシンセの鍵盤は、ベロシティ(鍵盤を押す強さ、つまり速さ=rate)によって音色や音量等に変化を付けられるので、その機能を活かす為、フィルターとアンプのEG設定を異なるものにするのも一興です。私はそうしています。

 
訂正(平成18年4月4日記)

 この音を担当したのはコルグのアナログシンセサイザーPolysixではなく、同社のMono/Polyではないかと思われます。本文中にも書きましたが、私はアナログシンセ時代、この音をMono/Polyで出していました。

 昨日KORG Polysixの実機に触れる機会があったのですが、基本的なことなのですがオシレータ波形に関して三角波は存在しませんでした。そこでオシレータ波形のPWを矩形波にして設定してみたのですが、やはり違和感を感じました。たまたま近くにあったKORG Mono/Poly(四つのVCO全てに三角波がある)で設定してみたところ、こちらは違和感がありませんでした。

 また「七時雨」のメロディ音はピッチに微かにディチューンがかかっているのですが、これをPolysixの内蔵エフェクトのアンサンブルやコーラスで出した場合よりも、どんなに調整しても四つのVCOのピッチが完全に一致することが無い(シンクロという機能を使って強制的に同期させることは出来る)Mono/Polyで作った方が感じが出ました。

 姫神せんせいしょんの全てのアルバムにコルグが機材協力(クレジットされている)していたのですが、アルバム「姫神」制作時、Mono/Polyも提供したのかもしれません。昭和57(1982)年12月の銀座ヤマハホールでの姫神せんせいしょんの公演時、ステージ上にMono/Polyがありました。

 本文中の音作りに関する記述に訂正はありません。
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 岩手県安代町・西根町にある七時雨山 (ななしぐれやま)を表題にしたナンバーです。私は平成5(1993)年の八幡平公演の翌日まで「ひちじあめ」と読んでいました。読み方の誤りは私だけではなく、平成元(1989)年8月21日に北米及び日本でリリースされた姫神のオムニバスアルバム「MOON WATER」では、「7 o'clock rain」と誤表記されていました。

 減退系の透明感のあるメロディ音や軽快なドラムの演奏は、他の曲では聴けない「七時雨」独特のもので、旋回しながら飛翔するような優雅で軽やかな旋律と相まって、私は葛飾北斎の「富嶽三十六景」の「駿洲江尻(すんしゅうえじり)」という浮世絵を想起しました。

 「駿洲江尻」は、突然の突風に翻弄される旅人達を描いた浮世絵ですが、1コマの絵であるにも関わらず、旅装束の女性の懐紙がするすると飛ばされ大空に舞うというリズミカルな動きが表現され、また同時に、泰然とたたずむ富士山のシルエットが絵の奥に配されているという、ストーリー性に富んだ作品です。

 北斎が「駿洲江尻」の中に築いた世界の中を風になって吹き渡るような幻想…。「七時雨」という曲が私の脳裡に描いたイメージです。
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# by manewyemong | 2005-11-09 00:01 | 音楽 | Comments(0)
 「舞鳥(まいどり)」の、短いながら緩急のある構成、メロディの躍動感、タイトなリズムセクション、所々に織り込まれたオスティナートの無機質なスピード感、そしてこれらが合わさって醸し出す色彩感は、私の中で、江戸時代寛永期に描かれた屏風絵「江戸名所図屏風」と結びつきました。

 「江戸名所図屏風」は、幕府開府からさほど歳月を経ていない江戸の様子が8曲1双(各々縦107.2cm、横488.8cm)全面に極彩色で緻密に描かれています。泰平の世の到来と江戸建設の活況に酔う様々な階層の人々が放つエネルギー感が屏風からあふれています。この屏風絵を見るたび(本物ではなく画集ですが…)に脳裡に「舞鳥」が鳴り響き、「舞鳥」を聴く度に「江戸名所図屏風」の部分部分が細切れに脳裡に浮かびます。

 「舞鳥」はアルバム「姫神」中、際立って分厚く多重録音が繰り返されているのですが、その多さが少しも耳に不快ではなく、自然に響きます。姫神・星吉昭さんのシンセ音色のセンス(この頃はご自分で音を作っていました)、そして姫神せんせいしょんの編曲・演奏のセンスが光っていると思います。

 イントロ部分の撥弦風のシンセのグリッサンドや間奏のオスティナートはローランドのデジタルシーケンサーCSQ-600に打ち込まれたものと思われます。シンセはおそらくRoland SH-2かSYSTEM-100Mです。ミキシングコンソールのオートパンポット機能を使って、ステレオ音場を左右に素早く移動させています。

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 かつてコルグが発行していた「SOUND MAKE UP」誌の1983年2月号「ワンページデスマッチ」のコーナーは、姫神・星吉昭さんのエッセイですが、この中で「舞鳥」の最初の部分の譜面とKORG Polysixの音色設定図が紹介されていました(KORG OASYS EXi LAC-1 PolysixEX試奏記)。来る11月25〜26日大阪でSYNTHESIZER FESTA OSAKA 2005という催しがあるのですが、もしそこでコルグのソフトウェアシンセLegacy CollectionのPolysixが使えたら、この設定図を試してみようかなと思っています。


参考文献:
「江戸名所図屏風—大江戸劇場の幕が開く 」 内藤正人
小学館アートセレクション ISBN:4096070173

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# by manewyemong | 2005-11-07 18:54 | 音楽 | Comments(0)
 このアルバムは昭和57(1982)年5月から6月にかけて岩手県八幡平のロッジ“プータロプラ”で録音され、同年8月21日リリースされました。

 収録曲は「舞鳥」「七時雨」「貝独楽」「空の遠くの白い火」「月のほのほ」「えんぶり」「白い川」「花野」「杜」(予備知識は必要か1参照)「風光る」。

 「姫神」は姫神せんせいしょんの作品中、最も色彩感豊かなアルバムだと思います。このアルバムを聴いた当時、私は浮世絵や屏風絵に関心があり、学校の図書室でそれらに関する蔵書を見ていました。そのせいか各曲から得たイメージが、日本画及びその画法による色彩に関するものが多いことが、私にとってのこのアルバムの最大の特徴です。

 アルバム「姫神」は姫神せんせいしょんデビュー当初からのポップ感と、後の姫神のストイックなセンスが、最も伯仲した作品ではないでしょうか。次の「姫神伝説」はポップ感とストイックの分水嶺を、後の姫神 with YAS-KAZ側へ若干下った作品のような気がします。

 アルバム「奥の細道」「遠野」で使われた機材のうち、プログラマブル(作った音を記憶させられる)シンセは、姫神・星吉昭さん所有のRoland JUPITER-4と、レンタル機材のKORG PS-3200だけでしたが、これらの音色の記憶数はそれぞれ8、16だけです。

 しかしこの「姫神」からはKORG Polysixが加わりました。Polysixが記憶できる音色数は32。そしてそれらをカセットテープインターフェイスを介しての外部記憶が可能になりました。

 これにより音色設定の作業時間が多少なりとも減り、演奏〜録音そのものの時間を多めに取れるようになったのか、アルバム「姫神」は「奥の細道」「遠野」よりも、音の数、多重録音の回数が、やや多いような気がします。それがこのアルバムの色彩感を、より華やかなものにした理由の一つだと思います。ちなみに現在のコルグのフラグシップシンセ、OASYSのユーザープログラム数は1664です。

 袴田一夫(はかまだ・かずお)さんの手によるジャケット画の鳥は、18世紀の江戸時代の京都の絵師、伊藤若冲(いとう・じゃくちゅう)が描いた「動植綵絵(どうしょくさいえ)」(「動植綵絵」、相国寺に帰る2参照)の中の「老松白鳳図(ろうしょうはくおうず)」(「動植綵絵」、相国寺に帰る3参照)をモデルにしたと思われます。

 私は実物を平成11(1999)年末、上野の東京国立博物館で開かれた「皇室の名宝」という特別展で見ました。「老松白鳳図」は皇室御物として宮内庁三の丸尚蔵館におさめられています。

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# by manewyemong | 2005-11-06 12:52 | 音楽 | Comments(0)
 昭和58(1983)年の元旦の夜、何気なくステレオコンポのラジオをつけ、チューニングつまみをFM大阪に合わせると同時に、私がこれまで聴いたことのない趣(おもむ)きの電子音楽が流れてきました。姫神せんせいしょんの「奥の細道」でした。

 私はラジオのつまみから指を離すことすらできず、曲が終わるまで中腰の格好で聴いていました。おそらく私は世界で最も間抜けな姿で、姫神せんせいしょんと出会ったファンだと思います。11年後、この番組が「音楽ってなんだ」という1時間の特番だったことを教わりました。

 番組では「奥の細道」の他、たしか「綾織(あやおり)」「えんぶり」等が披露されました。番組中、一つの傾向に偏らない選曲が為されたので、このグループの多様な魅力を堪能することができました。作品がかかる度に感動させられたおかげで、1時間のラジオ番組なのに、それに数倍するような濃密なひと時を過ごせました。

 この番組には姫神せんせいしょんのリーダーでキーボーディストの星吉昭(ほし・よしあき)さんがゲスト出演し、作曲や音に関すること、BGMを担当した映画「遠野物語」に関する話題、そして番組の為に、民謡「刈干切唄(かりぼしきりうた)」と「津軽じょんがら節」を、星さんが編曲・演奏し多重録音したものが披露されました。

 16年後の平成11(1999)年2月、岩手県玉山村で星さんとお話する機会があったのですが、そのおり、この2曲は4トラックのカセットMTRで作ったとお聞きしました。星さんのお話から類推すると、TEAC 144だと思います。この星さんの手によるシンセサイザー版「刈干切唄」「津軽じょんがら節」に関しては、いずれ改めて書きたいと思います。

 この番組を聴いた数日後、私は姫神せんせいしょんのアルバムを買うべく、レコード店に向かいました。この頃、姫神せんせいしょんは、アルバム「奥の細道」「遠野」「姫神」、そして映画「遠野物語」のオリジナルサントラ盤をリリースしていたのですが、その中から私が選んだのは、3枚目の「姫神」でした。先の番組中披露された曲が収録されていることと、ジャケット画が目にとまったことがその理由です。
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# by manewyemong | 2005-11-05 10:32 | 音楽 | Comments(0)
 1980年代のはじめ、漫才や竹の子族、ぶりっ子、軽薄短小、ルンルン気分、なめ猫といったものが流行っていました。私はその頃中学生でしたが、どうもこの時代の空気に馴染めませんでした。私が喜多郎さんや姫神(ひめかみ)せんせいしょんの音楽と出会ったのはその頃です。

 彼等の音楽は、その頃の時代の空気に違和感を感じていた私の心の受け皿になってくれました。当時もてはやされていたシンセサイザーを、こんな、どことなく古めかしいスタイルで使うということが驚きでした。

 彼等の音楽は、恐らく当時のクリスタル族(田中康夫さんの「なんとなく、クリスタル」の影響で、カタログ文化にかぶれた若者達のこと)から見たら“ダサい”であろう、血とか体温とかにおいといった生身や接触感を感じさせる文化として、私の心に染みていきました。

 姫神せんせいしょんはラジオ番組の特集という形で私の前に現れました。今にして思えばそれは、彼等もラジオという勧め手が存在するカタログ文化の“ナウい”1項目だったということかもしれません。しかしながら、その後の私の感性を、彼等の音楽が育んだのは間違いありません。

 そんな彼等のことをブログという形で語ってみたくなりました。私はアーティストでもライターでもありませんが、だからこそこれまでの放送や出版、ネットとは違う形で彼等の作品に迫れるのではないかと思っています。もちろんその他の日本人のシンセサイザー奏者のことにも触れていきたいと思います。

 ブログという形での理由は、いわゆる通常のファンサイトのような発表順やアルバム毎に整理されたものではなく、無造作に書き散らかすというスタイルで書き手たる私の気分を反映したいからです。したがって、あるアルバム全体のことを語った次に、別のアルバムの中の一つの楽曲を語る、あるいは一つの楽曲に関して時を置いて複数回採り上げたり、論旨が変化したりといったことが往々にしてあるブログだということをご理解ください。 

 私は昭和57(1982)年11月にアナログモノフォニックシンセサイザーRoland SH-101を手に入れて以来、自らシンセサイザーに触れています。民生機にプリセット音など無かった時代に始めたが故に、今日のワークステーション機でも自ら音を作っています。私が好きな演奏家達が主にアナログ機で作っていた音色をデジタルの廉価機で模倣する上でのちょっとしたヒントを、このブログで語っていきたいと思います。

 シンセサイザー奏者を採り上げるブログなのでシンセやその周辺機器に関する事柄をさまざま記すつもりですが、使用したアコースティック楽器に関する事も書きたいと思っています。

 申し遅れました、私、manewyemongです。まねえもんとお読みください。江戸時代の絵師、鈴木春信の春画本「風流艶色真似ゑもん」の主人公の名からとりました。
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