このアルバムは昭和57(1982)年5月から6月にかけて岩手県八幡平のロッジ“プータロプラ”で録音され、同年8月21日リリースされました。

 収録曲は「舞鳥」「七時雨」「貝独楽」「空の遠くの白い火」「月のほのほ」「えんぶり」「白い川」「花野」「杜」(予備知識は必要か1参照)「風光る」。

 「姫神」は姫神せんせいしょんの作品中、最も色彩感豊かなアルバムだと思います。このアルバムを聴いた当時、私は浮世絵や屏風絵に関心があり、学校の図書室でそれらに関する蔵書を見ていました。そのせいか各曲から得たイメージが、日本画及びその画法による色彩に関するものが多いことが、私にとってのこのアルバムの最大の特徴です。

 アルバム「姫神」は姫神せんせいしょんデビュー当初からのポップ感と、後の姫神のストイックなセンスが、最も伯仲した作品ではないでしょうか。次の「姫神伝説」はポップ感とストイックの分水嶺を、後の姫神 with YAS-KAZ側へ若干下った作品のような気がします。

 アルバム「奥の細道」「遠野」で使われた機材のうち、プログラマブル(作った音を記憶させられる)シンセは、姫神・星吉昭さん所有のRoland JUPITER-4と、レンタル機材のKORG PS-3200だけでしたが、これらの音色の記憶数はそれぞれ8、16だけです。

 しかしこの「姫神」からはKORG Polysixが加わりました。Polysixが記憶できる音色数は32。そしてそれらをカセットテープインターフェイスを介しての外部記憶が可能になりました。

 これにより音色設定の作業時間が多少なりとも減り、演奏〜録音そのものの時間を多めに取れるようになったのか、アルバム「姫神」は「奥の細道」「遠野」よりも、音の数、多重録音の回数が、やや多いような気がします。それがこのアルバムの色彩感を、より華やかなものにした理由の一つだと思います。ちなみに現在のコルグのフラグシップシンセ、OASYSのユーザープログラム数は1664です。

 袴田一夫(はかまだ・かずお)さんの手によるジャケット画の鳥は、18世紀の江戸時代の京都の絵師、伊藤若冲(いとう・じゃくちゅう)が描いた「動植綵絵(どうしょくさいえ)」(「動植綵絵」、相国寺に帰る2参照)の中の「老松白鳳図(ろうしょうはくおうず)」(「動植綵絵」、相国寺に帰る3参照)をモデルにしたと思われます。

 私は実物を平成11(1999)年末、上野の東京国立博物館で開かれた「皇室の名宝」という特別展で見ました。「老松白鳳図」は皇室御物として宮内庁三の丸尚蔵館におさめられています。

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# by manewyemong | 2005-11-06 12:52 | 音楽 | Comments(0)
 昭和58(1983)年の元旦の夜、何気なくステレオコンポのラジオをつけ、チューニングつまみをFM大阪に合わせると同時に、私がこれまで聴いたことのない趣(おもむ)きの電子音楽が流れてきました。姫神せんせいしょんの「奥の細道」でした。

 私はラジオのつまみから指を離すことすらできず、曲が終わるまで中腰の格好で聴いていました。おそらく私は世界で最も間抜けな姿で、姫神せんせいしょんと出会ったファンだと思います。11年後、この番組が「音楽ってなんだ」という1時間の特番だったことを教わりました。

 番組では「奥の細道」の他、たしか「綾織(あやおり)」「えんぶり」等が披露されました。番組中、一つの傾向に偏らない選曲が為されたので、このグループの多様な魅力を堪能することができました。作品がかかる度に感動させられたおかげで、1時間のラジオ番組なのに、それに数倍するような濃密なひと時を過ごせました。

 この番組には姫神せんせいしょんのリーダーでキーボーディストの星吉昭(ほし・よしあき)さんがゲスト出演し、作曲や音に関すること、BGMを担当した映画「遠野物語」に関する話題、そして番組の為に、民謡「刈干切唄(かりぼしきりうた)」と「津軽じょんがら節」を、星さんが編曲・演奏し多重録音したものが披露されました。

 16年後の平成11(1999)年2月、岩手県玉山村で星さんとお話する機会があったのですが、そのおり、この2曲は4トラックのカセットMTRで作ったとお聞きしました。星さんのお話から類推すると、TEAC 144だと思います。この星さんの手によるシンセサイザー版「刈干切唄」「津軽じょんがら節」に関しては、いずれ改めて書きたいと思います。

 この番組を聴いた数日後、私は姫神せんせいしょんのアルバムを買うべく、レコード店に向かいました。この頃、姫神せんせいしょんは、アルバム「奥の細道」「遠野」「姫神」、そして映画「遠野物語」のオリジナルサントラ盤をリリースしていたのですが、その中から私が選んだのは、3枚目の「姫神」でした。先の番組中披露された曲が収録されていることと、ジャケット画が目にとまったことがその理由です。
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# by manewyemong | 2005-11-05 10:32 | 音楽 | Comments(0)
 1980年代のはじめ、漫才や竹の子族、ぶりっ子、軽薄短小、ルンルン気分、なめ猫といったものが流行っていました。私はその頃中学生でしたが、どうもこの時代の空気に馴染めませんでした。私が喜多郎さんや姫神(ひめかみ)せんせいしょんの音楽と出会ったのはその頃です。

 彼等の音楽は、その頃の時代の空気に違和感を感じていた私の心の受け皿になってくれました。当時もてはやされていたシンセサイザーを、こんな、どことなく古めかしいスタイルで使うということが驚きでした。

 彼等の音楽は、恐らく当時のクリスタル族(田中康夫さんの「なんとなく、クリスタル」の影響で、カタログ文化にかぶれた若者達のこと)から見たら“ダサい”であろう、血とか体温とかにおいといった生身や接触感を感じさせる文化として、私の心に染みていきました。

 姫神せんせいしょんはラジオ番組の特集という形で私の前に現れました。今にして思えばそれは、彼等もラジオという勧め手が存在するカタログ文化の“ナウい”1項目だったということかもしれません。しかしながら、その後の私の感性を、彼等の音楽が育んだのは間違いありません。

 そんな彼等のことをブログという形で語ってみたくなりました。私はアーティストでもライターでもありませんが、だからこそこれまでの放送や出版、ネットとは違う形で彼等の作品に迫れるのではないかと思っています。もちろんその他の日本人のシンセサイザー奏者のことにも触れていきたいと思います。

 ブログという形での理由は、いわゆる通常のファンサイトのような発表順やアルバム毎に整理されたものではなく、無造作に書き散らかすというスタイルで書き手たる私の気分を反映したいからです。したがって、あるアルバム全体のことを語った次に、別のアルバムの中の一つの楽曲を語る、あるいは一つの楽曲に関して時を置いて複数回採り上げたり、論旨が変化したりといったことが往々にしてあるブログだということをご理解ください。 

 私は昭和57(1982)年11月にアナログモノフォニックシンセサイザーRoland SH-101を手に入れて以来、自らシンセサイザーに触れています。民生機にプリセット音など無かった時代に始めたが故に、今日のワークステーション機でも自ら音を作っています。私が好きな演奏家達が主にアナログ機で作っていた音色をデジタルの廉価機で模倣する上でのちょっとしたヒントを、このブログで語っていきたいと思います。

 シンセサイザー奏者を採り上げるブログなのでシンセやその周辺機器に関する事柄をさまざま記すつもりですが、使用したアコースティック楽器に関する事も書きたいと思っています。

 申し遅れました、私、manewyemongです。まねえもんとお読みください。江戸時代の絵師、鈴木春信の春画本「風流艶色真似ゑもん」の主人公の名からとりました。
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